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  3. 「優しさ」を「ロジック」で守り抜く。介護DXの旗手が描く、2040年に向けた人材戦略

2026.02.12

「優しさ」を「ロジック」で守り抜く。介護DXの旗手が描く、2040年に向けた人材戦略

「2040年問題」――。現役世代の急減によって介護の担い手が致命的に不足する未来は、もはや予測ではなく、直面することを避けられない確定事項だ。この巨大な壁を、精神論や労働力の追加だけで乗り越えることは不可能である。いま求められているのは、テクノロジーを一部の愛好家のための「魔法の杖」ではなく、現場を支える「共通言語」へと昇華させることだ。介護という営みを、「支える手」から「最適化を設計する知性」へとアップデートしようとする新たな挑戦が、本格的な普及フェーズへと踏み出した。(文=JapanStep編集部)

「経験と勘」をデジタルで標準化。即戦力を生むマイクロラーニング

日本の介護現場は深刻な人手不足とともに、労働集約型モデルの限界に直面している。一人の職員がカバーできる範囲を広げつつ、ケアの質を落とさないためには「生産性の向上」が不可欠だが、そこには長年、分厚い壁が立ちはだかってきた。「現場の「経験と勘」に依存する、属人化したオペレーションである。多くの施設が、国からの補助金などを活用して高価な介護ロボットを導入してきたが、その多くは「既存のワークフローに馴染まない」「使い方が分からない」といった理由で現場に定着せず、宝の持ち腐れとなる失敗を繰り返してきた。

こうした構造的な停滞を打破すべく、新たな教育基盤が本格的に動き出している。株式会社善光総合研究所が公開した、介護DX教育プラットフォーム「SCOP learning」だ。これまで同社が「スマート介護士」という資格試験を通じて培ってきた、延べ11,000人以上の実践知をデジタル化したものである。

(引用元:PR TIMES

最大の特徴は、単なる「介護ソフトの使い方」を教える教材ではない点にある。カリキュラムの核は、介護ロボットの選定から導入、さらにはテクノロジーを前提とした「オペレーション設計」という、極めて実務的かつ高度な知識体系だ。日本の介護現場は長らく、個人の「経験と勘」に依存するという課題を抱えてきた。SCOP learningは、そのブラックボックス化されたノウハウを解体・標準化し、誰でもアクセス可能な形式知へと変換した。

また、多忙を極める現場の状況を考慮し、隙間時間で効率的に学べる「マイクロラーニング形式」を採用している点も現実的な解と言えるだろう。シフト勤務の合間や移動時間に、数分単位で本質的なスキルを習得できる。これは、厚生労働省が「デジタル中核人材」 、すなわち、生産性向上を推進する人材の養成数を国のKPIとして掲げ始めた流れとも完全に合致している。国が求めているのは、単にパソコンが使える介護職ではなく、テクノロジーによって現場の生産性を劇的に変えられる「変革のリーダー」なのだ。

課題先進国が世界に示す“デジタルケア”の標準モデル

介護現場にテクノロジーを持ち込むことは、決して「人の温もり」を奪うことではない。むしろ、その逆である。

多くの介護事業所がロボット導入に失敗してきた歴史があるが、その最大の要因は「道具」だけを導入し、それを使いこなす「人」と「仕組み」のアップデートを怠ったことにある。SCOP learningが育てるのは、現場の課題を発見し、どの工程にどのテクノロジーを配備すべきかを論理的に判断できる人材だ。肉体的な重労働の一部を機械に委ねることで、人間にしかできない「利用者との深い対話」や「心のケア」に時間を割くことができる。

これは、介護職の専門性を再定義するプロセスでもある。これからは、重い体を支える腕力以上に、テクノロジーとデータを管理し、ケアの品質を最大化させる「知的な設計力」が介護士の価値となる。この専門性が確立されれば、長年の課題であった介護職の社会的地位の向上や若手人材の確保にも道が開けるはずだ。

また、この挑戦は日本国内の課題を解決するにとどまらない。超高齢化において世界の先頭を走る日本が、この「デジタルケアの標準モデル」を確立し、人材育成のスキームをパッケージ化することは、将来的に同様の課題に直面する東アジアや欧米諸国への有力な解決策となるだろう。善光総合研究所が進めるオンライン学習と実機体験を組み合わせたハイブリッド型の研修モデルは、日本発の「輸出産業」としてのポテンシャルを秘めている。

介護の現場は、「耐える場所」から「技術で人間の尊厳を守る場」へと姿を変え始めた。SCOP learningを通じて生まれるデジタル中核人材たちは、もはや単なる現場スタッフではない。彼らは、介護の未来という難問に対し、テクノロジーという武器を手に挑み続けるイノベーターである。一人の「スマート介護士」が現場に立つたびに、2040年という巨大な壁に確かな風穴が開いていくことになるだろう。