巨大な鉄の塊を、精密な計算と熟練の技で海上の要塞へ と組み上げる。かつて世界シェアの過半を握り「造船王国」と呼ばれた日本だが、その現場はいま、静かなる危機に直面している。熟練技術者の高齢化と引退による、取り返しのつかない「技術の断絶」だ。この国家的損失を食い止めるべく、2026年1月、新たな「軍師」が立ち上がった。AIデータ株式会社が提供を開始した「AI Shipyard on IDX」だ。膨大な図面、マニュアル、そしてベテランの頭の中にある暗黙知をAIに統合し、海事産業の再浮上を後押しする。(文=JapanStep編集部)
2026年1月16日、企業データとAIの利活用を手掛けるAIデータ株式会社は、造船・海洋産業に特化した統合知識基盤「AI Shipyard on IDX」の提供を開始した。これは、日本政府が掲げる重点17分野の一つである「海洋・極地」領域における、産業競争力強化の切り札として開発されたプラットフォームである。
(引用元:PR TIMES )
造船業の特徴は、扱う情報の膨大さと複雑さにある。一隻の船を造るためには、船舶設計図面、材料工学データ、施工マニュアル、さらには国内外の船級協会基準やIMO(国際海事機関)規則といった厳格なルールまで、多岐にわたる専門知識が必要となる。これまでは、これらの情報が各部署に分散していたり、紙の資料として保管されていたりと、必要な時に必要な情報を取り出すことが困難だった。
「AI Shipyard on IDX」は、これら全てのデータをクラウド上の知識基盤に統合・構造化する。単なる情報の蓄積にとどまらない点が革新的である。搭載された生成AIが設計図面や施工記録を読み込み、要約や比較分析までも行う仕組みだ。例えば、現場でトラブルが起きた際、AIに状況を入力すれば、過去の類似プロジェクトから原因や対策案を瞬時に提示してくれる。これまではベテラン技術者の記憶の中にしかなかった「あの時のトラブルはどう解決したか」という貴重な経験知が、AIを介して若手エンジニアにも即座に共有される仕組みだ。
さらに、工程管理や品質管理の高度化も支援する。過去の工程データを分析してベストプラクティスを提示したり、調達・在庫データを分析して最適な資材管理を提案したりと、造船所全体の「頭脳」として機能する。熟練工の勘と経験に依存していた業務プロセスを、データに基づく科学的なアプローチへと転換させる試みである。
今回のプラットフォーム提供が示唆するのは、労働人口が減少する時代における日本のものづくりの「勝ち筋」だ。これまでの技術継承は、現場で背中を見て覚えるOJT(職場内訓練)が主流だった。しかし、団塊ジュニア世代の引退が迫る今、時間をかけて人を育てる余裕は失われつつある。
そこで求められるのが、暗黙知の「形式知化」だ。熟練工が長年かけて培ってきたノウハウや判断基準をAIに学習させ、デジタルの形式で保存する。経験の浅い技術者でも、AIという「軍師」のサポートを受けることで、ベテランに近い品質で判断や作業をすることが可能になる。AIは職人の仕事を奪うものではなく、職人の知恵を永遠に残し、次世代へ橋渡しするための器として機能するのだ。
また、この動きは日本政府の国家戦略とも合致している。海洋基本計画や造船業競争力強化策において、デジタル化による生産性向上は至上命題とされている。中韓勢との価格競争が激化する中で、日本が生き残る道は「高品質な船を、効率よく造る」こと以外にない。設計から施工、メンテナンスに至るまで、船舶のライフサイクル全体をデータでつなぎ、AIで最適化する「スマート・シップヤード(造船所)」の構築こそが、日本の造船業が再び世界で戦うための必須条件となる。
海に囲まれた日本にとって、造船・海洋産業は経済安全保障の要でもある。「AI Shipyard on IDX」の始動は、伝統的なものづくりの現場と最先端のAI技術が融合し、日本が再び海洋立国としてのプレゼンスを取り戻すための反撃の狼煙 (のろし)と言えるだろう。