必要とする人があまりに多すぎて、作る手が全く追いつかない。それが、インドをはじめとするグローバルサウス諸国が直面している「義足」の現実だ。糖尿病や交通事故により足を失う人は増え続ける一方で、職人の手作業に依存する従来の製造プロセスでは、数億人規模と言われる潜在需要を満たすことは物理的に不可能だった。
しかし、その巨大な需給ギャップという壁を、日本のスタートアップがテクノロジーの力で突破しようとしている。2026年1月22日、AIと3Dプリンティング技術で義肢装具を製造するインスタリム株式会社が、国際連合工業開発機関(UNIDO)の大型プロジェクトに採択されたと発表した。予算規模は約10億円。目指すのは、インド全域の義足製造ラインをデジタル化し、「誰でも、すぐに、安く」高品質な義足が手に入る世界だ。(文=JapanStep編集部)
今回インスタリムが採択されたのは、UNIDOが実施する「グローバルサウス諸国への日本からの技術移転を通じた産業協力プログラム」だ。これは単なる一企業の実証実験の枠を超え、開発途上国の産業インフラそのものを刷新しようとする国家レベルのプロジェクトである。
そのミッションは壮大だ。世界最大規模の義足需要を持つインドおよび南アジア地域において、中規模以上の義肢装具製作所や病院、NGOなど10拠点以上を対象に、インスタリムが開発した「AI×3Dプリント製造ソリューション」を導入する。そして、各施設の全生産量の50%以上を、従来の手作業から同社のデジタル製造へと転換させることを目指す。
提供されるソリューションは、単に3Dプリンターを設置して終わりではない。AIを組み込んだ専用の3D-CADによる設計支援、製造、さらには品質管理や顧客管理に至るまで、義肢装具製造のあらゆる工程をパッケージ化した統合システムだ。
(引用元:PR TIMES )
これまでインドの地方部では、熟練した義肢装具士が不足しており、患者一人ひとりの切断部の形状に合わせた「適合する義足」を作ることが困難だった。インスタリムの技術は、AIが形状データを解析し、最適な設計データを自動生成することでこの問題を解決する。個人の身体に合わせる「カスタマイズ」と、工業製品のような「大量生産」を両立させる「マス・カスタマイゼーション」の実現により、圧倒的な供給不足の解消に挑む。
今回のプロジェクトが持つ革新性は、途上国支援における「慈善事業(チャリティー)からの脱却」にある。
これまで、貧困地域の義足問題に対しては、多くのNGOが無料で義足を配る活動を行ってきた。しかし、善意で作られた低価格な義足は、技術不足により痛くて歩けないなどの品質問題を抱えることが多く、一方で高品質な欧米製の義足は現地の物価では到底手の届かない価格だった。この「品質とコストのジレンマ」が、足を失った人々の社会復帰を妨げ、貧困の連鎖を生んでいた。
インスタリムのアプローチは、現地に「魚を与える」のではなく「デジタルという新しい釣り竿を与える」ものだ。現地の製造パートナーに技術移転を行い、専用素材(フィラメント)の販売やソフトウェアのサブスクリプションで収益を上げるビジネスモデルを構築する。これにより、支援が終わった後も現地でビジネスとして自走し、持続的に高品質な義足が供給されるエコシステムが整う。
(引用元:PR TIMES )
また、インドでの成功を足掛かりに、バングラデシュなど周辺国への横展開も計画されており、南アジア全体での「キャパシティビルディング(能力構築)」も見据えている。現地の大学と連携し、3D義足を設計・製造できる次世代のエンジニアを育成することで、産業そのものを根付かせようとしているのだ。
人口14億人を超えるインドの社会インフラを、日本のスタートアップの技術が書き換えていく。これは単なる製品の輸出ではない。テクノロジーによって社会課題を構造的に解決し、現地の人々に「歩く自由」を届ける――。新しい形の国益と国際貢献のモデルケースが、いま力強く動き出した。