2026.02.25

米国最大級VCが読むAI進化の転換点

生成AIの熱狂を、米国最大級のベンチャーキャピタルはどう捉えているのか。一過性の流行なのか、それとも産業の前提を塗り替える転換点なのか。2026年2月6日、NECグループの独立シンクタンク 国際社会経済研究所(IISE)主催で開かれた「IISE FORUM 2026」のキーノートで、米ベンチャーキャピタル a16z のMartin Casadoさんが登壇。過去のAIブームが「産業」になりきれなかった理由、生成AIがもたらす限界コストの急落、そして「コーディングは死につつある」という挑発的な見立てを、投資最前線の視点で解き明かした。本記事では、その論旨を追いながら、いま何が転換点なのかを整理する。(文=JapanStep編集部)


過去のAIブームと「今回は違う」の根拠

2026年2月6日、TAKANAWA GATEWAY Convention Centerで開かれた「IISE FORUM 2026」。NECグループの独立シンクタンクである国際社会経済研究所(IISE)が主催し、キーノート「世界はAIでどう変わるのか~AI投資最前線から見える景色と未来」には、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のMartin Casadoさんが登壇した。
 米国最大級のベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロウィッツは、AIの世界をどう考えているのか。その答えを求め、会場には多くの来場者が足を運んだ

Casadoさんはまず、AIが「突然現れた新技術」ではないことを冷静に押さえる。コンピュータの黎明期からAIは存在し、ブームと冬を繰り返してきた。それでも「世代を代表するAI企業」が長く生まれなかったのは、技術のロマンではなく、ビジネスの条件がそろわなかったからだという。
 「AIは長い間存在してきました。では、なぜ最近まで、生成AIネイティブの企業は生まれてこなかったのでしょうか?」とCasadoさんはシンプルな問いを会場に投げかけた

Casadoさんはチェスを例としながら、市場が小さく、人間より劇的に優れているとまでは言えないケースが多い、と振り返った。さらに、実用化までに巨額の先行投資と時間が必要で、スタートアップの経済合理性に合わなかった。DARPA Grand Challengeで完全自動運転が注目を集めた一方で、実装には20年、1000億ドル規模が必要だったというエピソードは、その現実を象徴する。

では、なぜ今回は違うのか。Casadoさんの答えは明快で、「初めて製品への巨大な需要が立ち、ビジネスケースが成立した」からである。OpenAI、Anthropic、Cursorのような世代を代表する企業が生まれ、しかも前例のない速度で伸びているのは、研究の勝利というより、需要の点火が起きた徴候だと位置づける。 

ここで彼が強調するのは、AIの性能向上そのものではなく、投資家の言葉で言えば「支払いが発生する価値」が、広い領域で可視化された点だ。過去のAIは“できること”が先行し、“買われる理由”が追いつかなかった。今回は逆だとCasadoさんは語る。買われ、使われ、改善の資金が再投下される循環が立ち上がった。投資最前線のレンズを通すと、生成AIは「技術トレンド」ではなく「産業の前提」になりつつあるのだ。

「限界コストが崩れる」──生成AIの経済学

Casadoさんが示した“不可逆性”の核は、生成AIがもたらすコスト構造の変化にある。講演では、ピクサー風のキャラクター画像を例に、従来ならアーティストに100ドル、時間も数時間(実際は数日)かかるところが、生成AIでは0.01ペニー(※1ペニー=1セント)、1秒になると説明した。結果は「1万倍安く、1000倍速い」。さらに法的文書の読解でも、時給700ドルの弁護士が24時間以内に対応する世界から、数ペニー、数秒へと収斂する。
 一例として「AIを使った画像生成のコスト」を提示したCasadoさん。「創作行為がほぼ瞬時・ほぼゼロコストで実行可能になったインパクトは大きい」と語った

ここで重要なのは、コストが下がるだけでは需要は説明しきれない、という直感への反証である。限界コストが極小化すると、需要の性質そのものが変わる。高価で遅いから「頼まない/我慢する」行為が、安価で速いから「まず試す」に変わり、試行回数が爆発する。生成AIが画像、文章、要約にとどまらず、法務やソフトウェア開発にまで浸透しているのは、この「試行回数の増大」が職能横断で起きているからだ。

Casadoさんはこの変化を、歴史的な技術革新と同型の現象として位置づける。マイクロチップが計算の限界コストを、インターネットが配信の限界コストをゼロへ近づけたように、生成AIは「創造」と「言語推論」の限界コストをゼロへ近づけている、という整理である。この経済学が、投資家の見立てを決定づける。たとえばCasadoさんが取締役を務めるCursorは、参入初年度にランレート1億ドル、翌年に10億ドル超という異例の成長に達したとされる。
 AIを使った法務文書に例えると、弁護士に1時間あたり700ドル、作業時間が1時間コストとしてかかっていたものが、AIなら0.1ドル、約3秒で実現できることを提示。「実際の投資成果を示すものではない」としたものの驚くべき数字だ

また、AI企業の収益成長率は非AI企業の3倍以上、S&P500の昨年リターンの約78%をAI関連株が占めたというデータも提示された。
 「AIの勝者は、とてつもなく大きな勝者になっている」というスライドタイトルは、AIが市場全体のリターン構造そのものを歪めるほどの支配力を持ち始めていることを表している

ここで語られているのは、熱狂の温度感ではない。需要が生まれ、対価が支払われ、資本が再配分されるという現実である。だからこそCasadoさんは、今回は「AIの冬」と同じ終わり方をしないと見る。市場が存在し、購買が存在し、スケールの合理性が立っているからだ。

「コーディングは死ぬ」それでも需要は消えない

講演の中盤、Casadoさんはソフトウェア産業に向けて、挑発的な言葉を投げかけた。「私たちが知っているコーディングは死につつあり、まもなく完全に死ぬだろう」。30年プログラミングを続けてきた自身にとっても悲しい現実だと前置きしながらの断言だった。

根拠は、普及の速度と、開発現場の実態にある。最も技術的なスタートアップの中には、エンジニアがもはやコードを見ない企業もあるという。Node.jsの作者Ryan Dahlさんが「プログラミングは終わった」と警鐘を鳴らしている点も紹介された。
Ryan Dahlさんはアメリカ人ソフトウェアエンジニアで、サーバサイドJavaScriptの普及に決定的な役割を果たした人物だ

さらに、AIによる生産性向上は確かに大きいが、その利得は無限ではなく、成熟度とともに逓減する、という現実的な補正も加える。新規プロジェクトの立ち上げでは10倍速くなる一方、顧客と運用を抱える段階では30〜50%に下がり、巨大なレガシー企業では20〜30%にまで落ちる。
 AIによる生産性向上は確かに起きているが、その効果はチーム構成やプロジェクトの性質によって大きく差が出る、とCasadoさんは語った

この補正が示しているのは、「コードを書く」ことがソフトウェアエンジニアリング全体の一部に過ぎないという事実だ。成熟したコードベースにおける平均的な変更は10行程度で、その10行は市場で得た学習を体系化した成果物である。顧客ニーズの理解、アーキテクチャ設計、性能・コスト・信頼性の運用管理――ここが価値の中心であり、AIは万能薬ではない。 

「コンピュート・スタックの再構築」と題したスライドでは、①これまで以上に多くのソフトウェアが生み出されている、②コンピュート・スタック全体を作り直すチャンスが生まれている、③言語、視覚、科学の分野においてソフトウェアは、これまで解決不可能だった問題に挑めるようになったと説明した

だからこそ、Casadoさんの結論は単純な不要論ではない。コーディングの比重が下がるほど、逆説的にソフトウェアの適用範囲は広がり、ビスポーク(特注)化が進む。個々の業務・個々のチームに最適化されたツールが、以前より圧倒的に低コストで生まれ、試され、改良される。すると需要はアプリケーション層にとどまらず、それを支えるインフラやスタック全体へ波及する。
 スライドの最後で「私たちは、新たな技術的スーパーサイクルの到来を目の当たりにしている幸運な立場にある」と提示したCasadoさん。「ソフトウェアは作るコストが大幅に下がり、今では、はるかに、はるかに強力なものになっている」という言葉は印象的だ

投資家が見ているのは、作り手の作法の変化だけではない。限界コストの崩壊が、需要の総量と到達範囲を押し広げ、産業の中心に「ソフトウェア」を再配置するという構造変化である。「コーディングの終焉」とは、価値創造の終わりではなく、価値創造の入口が増える合図だ。
 「私たちは、ソフトウェアの黄金時代に入りつつある」というCasadoさんの力強いメッセージでキーノートは幕を閉じた