月面開発を支える最先端プラント建設。その構想を描くために作られた3DCGデータが、思いがけず教育分野のVR体験を生み出した。全国の子どもたちが月面を駆け回る話題の教育コンテンツ「月面VR修学旅行」。宇宙ビジネスと教育をつないだのは、プラント建設大手 日揮グローバルの技術と発想力だった。自社プロジェクトの副産物から新事業の糸口を見出した、その軌跡と可能性を、同社デジタルプロジェクトデリバリー部 プリンシパルエンジニア 横山拓哉氏に聞いた。(文=MetaStep編集部)
※本記事は『MetaStep Magazine』に掲載した記事を再掲載したものです。その他の記事は冊子でお読み頂けます。

日揮グローバル株式会社
デジタルプロジェクトデリバリー部 プリンシパルエンジニア
横山 拓哉さん
2004年日揮株式会社に入社。海外大型プラント建設プロジェクトにおいて、プロジェクトコントロールエンジニアとして活躍。2020年12月からは月面推薬生成プラント建設を目指す月面プラントユニットに所属し宇宙開発分野でプロジェクト管理技術を応用している。
「今、月に行ってきた!」日本科学未来館や長野県の中学校では、子どもたちの興奮した声が響き渡る。簡易VRゴーグルやMetaQuestを楽しそうにのぞき込み、まるで本当に月面を旅しているかのようだ。彼らが体験するのは、月面に建設される未来のエネルギー生成プラントを舞台に、低重力でジャンプしたり、ローバーを操縦したりする仮想ツアー。座学とVR体験を組み合わせ、宇宙開発の最前線を学べるこのコンテンツが全国に広がりを見せている。
プロジェクトを主導するのは、プラント建設大手の日揮グローバル。
同社は月面の氷から水やロケット推進剤を生成し、月面社会を支える「LunarSmart Community®」──通称「Lumarnity®(ルマニティ)」構想を描く。今回のVR教育体験は、そのLumarnity®を3DCGで可視化し、VRChat上に仮想空間として構築したものだ。
「最初はPR用にCGイメージを作っただけでしたが、教育分野に役立つとは想定していませんでした。VRで宇宙に興味を持つ子どもたちが増え、私たちも大きな可能性を感じています」と語るのは、日揮グローバルの横山氏だ。
VRとは直接的な関わりを持たなかった日揮グローバルが、いかにして新たな価値創造へとつなげたのか。その発端は、月面推薬生成プラントの社内外向けイメージ図制作にあった。
宇宙分野のビジュアル制作に実績のあるカシカガクに制作を依頼し、完成したCGのビジュアルは社内外で高い評価を得た。横山さんがさらに活用の可能性を模索していた折、カシカガクの担当者であり、VRChatクリエイターでもある宮﨑剛氏(ハンドルネーム:Moffco)から、「このイメージ図はUnityで制作しているため、VRへの展開も可能です」との提案を受けたことが大きな転機となる。
横山さん自身も、身体的制約を超えて現実さながらの体験を提供するVR技術と、本来体験が困難な宇宙空間との高い親和性を感じていたという。かつて国際宇宙会議において、チラシや動画だけでは来場者の関心を十分に引きつけられなかった経験もあり、VR活用への意欲を一層強めた。「VRの活用は、月面プラントユニットのPRにとって大きな武器になる」と確信した横山氏は、上司のEngineeringDX推進室 室長 宮下俊一さんにVRコンテンツ制作を直談判する。宮下さんもVRの潜在力を評価し、快くGO サインを出したという。この決断こそが、日揮グローバルにおけるVR活用の大きな転換点となった。社内の理解と支援があったからこそ、異分野への挑戦が現実のものとなったのである。
その後、宮﨑氏の協力のもと、自動運転の月面ローバーに搭乗し月面プラントを探索する約5分間の「Lumarnity®VR コンテンツ」が完成し、2023年2月の国際宇宙産業展(ISIEX)で初めて公開され、大きな反響を呼んだ。
カシカガクが作成した、月面プラントのCGイメージ。こうした生産拠点を複数つくり、互いに融通し合うコミュニティを作る。これがLunarSmart Community® 通称「Lumarnity®」だ
このVR体験は、日本科学未来館の企画展「NEO 月でくらす展」にも出展された。しかし、オープン当初はVR ゴーグルのメーカーによる13歳以上という年齢制限が設けられており、多くの子どもたちが体験できないという課題に直面した。来場した子どもが「やりたい」と涙を見せる様子を目の当たりにした横山氏は、年齢に関係なく体験できる手段を模索することとなった。そこで考案されたのが、安価な紙製VRゴーグルにスマートフォンを装着する「簡易VR 体験」だ。
簡易VRキットはペーパークラフトの要領で組み立て、スマホを差し込むだけで完成。360度映像を投影すれば手軽な宇宙体験ができる
全方位360度の動画によって、Lumarnity®の広大な月面プラントを疑似体験できるこの方法は、子どもたちから高い支持を集めた。「地球があんなふうに見えるんだ」「本当に月の上にいるみたい」といった声が上がり、体験コーナーは保護者も巻き込み大変な盛況となった。横山氏は語る。「VRは理屈を超えた体験そのものに価値がある。まずは『楽しい』と感じてもらうことが、子どもたちの好奇心を喚起する最初の一歩になります」(横山氏)。この経験を通じ、彼はVRコンテンツが教育分野において大きな可能性を有し、宇宙や科学への関心を引き出し、学習意欲を高める有効な手段であるとの確信を深めつつある。
自分で組み立てたVRキットで宇宙を楽しむ子ども
この取り組みの成功を受け、教育現場からの問い合わせが相次ぐようになった。その一例が、宇宙飛行士 油井亀美也氏の出身地として宇宙教育に注力する長野県上川村の中学校からの依頼である。日揮グローバルは同校において、「月面VR修学旅行」と題する出張授業を実施した。VRChat上のLumarnity®ワールドに入った生徒たちは、4人1組で月面ローバーに搭乗し、月面プラントや港湾施設などを探検した。特筆すべきは、月の低重力(地球の1/6)を再現し、高く跳躍できる機能が盛り込まれている点である。このジャンプ機能は生徒たちに大きな興奮を呼び起こし、「想像以上に高く跳べる」「ヘディングの打点がとても高い」といった声が上がった。
座学のみでは得がたい理解が、実体験を通じて「なるほど」と腹落ちする。これこそがVRの真価である。身体を使った体験を介し、生徒たちは月の重力の特性を直感的に学び取ることができた。「月面VR修学旅行」の実施例は、VRが教育現場において極めて高い効果を発揮し得ることを改めて示した。当初はPR活動の一環として始まったVR活用が、今や教育という新たな領域で大きく花開きつつあるのである。

月面ローバーに乗って探検する「VR修学旅行」の生徒たち
今後は教育分野にとどまらず、日本の多様な企業が進める月面関連コンテンツを集約し、ひとつの「プラットフォーム」として機能させる構想が描かれている。
「月面開発には異業種の企業が多数参入しています。たとえば、コマツの月面建機やブリヂストンの月面タイヤを装着したローバーなど。これらが月面プランと協業する未来のシミュレーションが可能になれば、そこから新たなアイデアや課題の発見にもつながるでしょう」(横山氏)。VRプラットフォームを介して、企業間の連携を促進し日本全体の月面開発を加速させる狙いである。
「どれほど言葉や資料を尽くしても、VRが提供する体験価値の全てを伝えることは難しい。実際に体験してこそ、『こうした取り組みも可能ではないか』と自然に発想が広がっていくものです」と横山氏は語る。異分野への挑戦を諦めず、知恵を尽くすことで、未来の可能性は大きく広がる。だが、彼が強調するのは根本的な所だ。横山氏は目を輝かせながら、こう言葉を結んだ。「VRは本当に楽しいんです!」