「ただいま電話が混み合っております」。役所の窓口へ電話をかけた際、受話器から流れるこの無機質なメッセージにもどかしさを感じたことは、誰しもあるはずだ。一方で、電話を受ける職員の側もまた、鳴り止まないベルの音と多様化する住民ニーズの狭間で、疲弊の色を深めている。
2051年まで人口増加が見込まれる東京都品川区も同様だ。活気ある都市の裏側で進む「行政サービスの維持」にAIエージェントという新たな知能が参戦した。
2026年2月、品川区と株式会社SHIFTが始動させた実証実験は、自治体の窓口を「待たせない、疲弊させない」知的インフラへと作り替える挑戦だ。最先端のクラウド技術を駆使し、AIが住民の問いに自律的に答える。官民が手を取り合い、行政のOSを書き換えようとするその最前線を追う。(文=JapanStep編集部)

(引用元:PR TIMES )
品川区戸籍住民課を舞台に開始された今回の実証実験は、ソフトウェアテストと品質保証の国内大手であるSHIFTが、アマゾン ウェブ サービス(AWS)のマネージドサービスを統合して構築した次世代型コンタクトセンターの検証である。核となるのは、高度な生成AI技術を用いたAIエージェント「Amazon Q」の活用だ。
このシステムの革新性は、単に音声をテキスト化したり、あらかじめ用意された回答を再生したりする「自動応答」の域を超えている点にある。AIエージェントは、区が提供する公開情報や膨大なFAQを学習し、住民の曖昧な問いかけに対しても適切な回答を自ら生成する。さらに通話内容をリアルタイムで解析し、オペレーターによる個別対応が必要な案件と、AIで自己解決が可能な案件を自動で判別して振り分けることも可能だ。
(引用元:PR TIMES )
2026年2月20日から始まった庁内トライアルでは、職員の業務負荷軽減についても踏み込んだ検証が行われている。AIが問い合わせ内容を自動で要約・データベース化することで、引き継ぎや記録に要する時間を大幅に削減。また、職員(スーパーバイザー)が通話状況を常にモニタリングし、カスタマーハラスメントの兆候を早期に検知して介入できる仕組みも備えている。2026年度前半の住民向け公開を目指し、現在、現場のフィードバックを元にした回答精度の研磨が急ピッチで進められている。
品川区とSHIFTの取り組みが示唆するのは、自治体経営における「テクノロジーの位置付け」の決定的な転換である。
今回のプロジェクトが、品川区のオープンイノベーション拠点「しながわシティラボ」を通じて生まれたことの意義は大きい。これまでの自治体のシステム導入は、仕様を固めてから発注する「委託」の形式が一般的だった。しかし、刻々と進化するAI領域においては、行政が課題を提示し、民間が技術で応える「共創」の枠組みこそが、実装のスピードと実効性を担保する。品川区は単なるツールの導入ではなく、SHIFTというパートナーと共に「未来の行政の形」を設計する道を選んだのだ。
この変革の先にあるのは、行政における「人間の役割」の再定義である。生産年齢人口の減少による労働力不足は、自治体にとって避けられない構造的課題だ。すべての問い合わせに人間が対峙するモデルは、もはや物理的に維持できない。AIエージェントが定型的な業務や初期対応を一手に引き受けることで、職員は「複雑な背景を持つ住民への寄り添い」や「創造的な政策立案」といった、人間にしかできない高度な付加価値業務にリソースを集中させることが可能になる。
自治体のDXは「効率化」の段階を終え、行政の「持続可能性」を担保するための知能配備へと突入した。品川区とSHIFTが描く24時間365日の知的窓口は、住民満足度を向上させながら、幅広いニーズへの適応力を高めるという新しい自治体経営のスタンダードを提示している。テクノロジーを共通言語として官と民が壁を越えたとき、行政サービスは単なる事務手続きから、都市の魅力を支える「知的なおもてなし」へと進化を遂げるに違いない。