超高齢社会を迎えた日本において、「高齢者」はしばしば福祉や医療の文脈で語られ、社会的な負担として扱われることが多かった。「いかに支えるか」という議論ばかりが先行し、彼らが持つ経験や意欲といったリソースは見過ごされがちだ。しかし、その固定観念は、日本にとって大きな機会損失かもしれない。
2026年1月、静岡県と株式会社PoliPoliが進めるプロジェクトの採択団体が決定した。選ばれたのは、限界集落に近い中山間地域で「シニア起業」を支援するベンチャーだ。人生100年時代、元気な高齢者が地域の守り神として静かに暮らすのではなく、新たな価値を生み出す「創業者」として最前線に立つ。そんな未来図が、静岡の山間部から描かれようとしている。(文=JapanStep編集部)

(引用元:PR TIMES )
今回、静岡県とPoliPoliが連携して実施した「静岡県ウェルビーイング創出プロジェクト」において、9団体の応募の中から選ばれたのは、株式会社奥遠州Xだ。同社は、浜松市の中でも特に高齢化が進む中山間地域・佐久間地区を拠点に活動している。
(引用元:PR TIMES )
提案された事業「佐久間ウェルカム塾」のコンセプトは、非常にユニークかつ合理的だ。地域のシニア世代に向けた創業スクールを開講し、彼らの趣味や特技、長年培った職人技術をビジネスとして再構築する。シニアにとってハードルの高いITやDXの領域は、地域の若手プレイヤーが黒子となってサポートする。つまり、「シニアのコンテンツ力」と「若者のデジタル実装力」を掛け合わせることで、年齢を問わず誰もがチャレンジできる環境を整備しようという試みだ。
このプロジェクトを支える資金スキームも新しい。今回の実証実験には、ビジネスチャット「Chatwork」を提供する株式会社kubellの創業者、山本 正喜 氏が設立した個人基金「山本正喜ポリシー基金」から150万円が寄付される。行政の予算だけに頼るのではなく、社会課題解決に意欲を持つ起業家の個人資産が、PoliPoliというプラットフォームを通じて地域の挑戦へと還流する 。この「官民共創」の資金循環モデル自体も、地方創生の新たな形として注目に値する。
今回のプロジェクトが意味するもの。それは、地方創生における「シニアの役割」の根本的な転換だ。これまでの地域活性化策は、都市部からの若者の移住や、スタートアップの誘致に重きが置かれがちだった。しかし、人口減少が加速する中で、外部からの流入だけに頼るモデルには限界がある。
奥遠州Xのアプローチは、すでに地域に住んでいるシニアを「最大の資産」と捉え直している点で画期的だ。健康寿命日本一を誇る静岡県だからこそ、体が元気な期間を単に延ばすだけでなく、社会と関わり、誰かの役に立ち続ける期間、いわば「貢献寿命」の延伸に光を当てることができる。
「起業」というと大げさに聞こえるかもしれないが、得意な料理を振る舞う、伝統工芸品をネットで販売する、空き家を活用して民泊を始めるといった小商いも立派な事業だ。自らのスキルで対価を得て、社会から必要とされる実感を得ることは、高齢者自身のウェルビーイング(幸福度)を劇的に高める。同時に、それが地域経済の毛細血管となり、中山間地域の活力を維持するエンジンとなる。
「若者が高齢者を支える」という一方的な福祉の構図から、「若者が高齢者の挑戦を加速させる」という共創のパートナーシップへ。静岡の中山間地域で始まったこの実験は、全国の過疎地域が抱える「高齢化=衰退」という構図を、「高齢化=豊富な人材バンク」へと書き換える可能性を秘めている。歳を重ねることがリスクではなく、新たな挑戦のパスポートになる社会へ。シニア起業家たちの背中は、私たち自身の未来の希望そのものだ。