2026.03.17

「縮まない」セラミックス。造形の常識を覆す

陶器や磁器などに使われる無機化合物材料「セラミックス」は人類最古の素材の一つでありながら、最先端テクノロジーが最後に突き当たる「壁」でもあった。耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性において他の追随を許さない卓越した性能を持ちながら、その硬さゆえに切削加工は困難を極める。3Dプリンターで形を作ろうとしても、焼き固める際の「収縮」によって設計通りの精度を出すことが難しく、これまでは試作一つにも多大な時間とコストを要してきた。
しかし今、この制約をテクノロジーが粉砕しようとしている。キヤノンマーケティングジャパン株式会社(以下、キヤノンMJ)が提供を開始した新たなセラミックス粉末「AY-01F」は、これまでのセラミックス造形の常識を根底から覆す。樹脂バインダー(結合剤)を排し、金属3Dプリンターのレーザーで直接形を成す。この一歩が、宇宙ロケットのエンジンから半導体製造の心臓部まで、日本の「極限のものづくり」を支える新たな標準へと名乗りを上げた。(文=JapanStep編集部)

脱脂不要でスピード造形。成形時間を4分の1へ

キヤノンMJとキヤノン化成株式会社が共同で開発した「AY-01F」の最大の特徴は、専用の装置を必要とせず、普及が進むLPBF(レーザー粉末床溶融結合法)方式の金属3Dプリンターでそのまま造形が可能である点だ。

従来のセラミックス3Dプリンティングでは、粉末を固めるために結合剤である「樹脂バインダー」を混ぜる必要があった。しかし、これには二つの致命的な弱点がある。一つは焼成時に樹脂を除く「脱脂」という膨大な時間を要する後処理工程。もう一つは、樹脂が抜けることで素材が縮み、寸法精度が狂ってしまうことだ。

今回発表された新材料は、キヤノンが長年培った材料技術を応用し、レーザー吸収性と溶融挙動を精密に制御することで、バインダーレスでの直接造形を実現した。これにより、従来の課題だった焼成時のサイズ収縮を約2%未満という極小レベルにまで抑制。これまでセラミックスでは不可能とされてきた厚肉形状や、複雑な内部構造を持つ部品であっても、設計図通りの高い精度で安定して焼き上げることができる。

(引用元:PR TIMES

実務上のインパクトは劇的だ。樹脂バインダーの脱脂工程が不要になったことで、成形にかかるリードタイムは従来の約4分の1へと短縮された。また、複雑な格子形状や中空構造、内外で異なるパターンの開孔を持つ複合構造など、切削では不可能な形状を圧倒的なスピードで手にすることもできる。

キヤノンMJは今後、汎用的なセラミックスであるアルミナ系だけでなくシリカ系やSiC(炭化ケイ素)系へのバリエーション拡充も予定しており、素材の制約によって停滞していた製造現場に「設計の自由」という翼を授けようとしている。

宇宙・半導体の開発を加速。試作の「速さ」が導く革新

この技術が先端産業全体に与える影響は、単なる効率化の域を遥かに超えている。特筆すべきは、宇宙探査機や半導体製造装置といった、1℃の温度差や1ミクロンの狂いが致命傷となる「極限領域」における開発サイクルの変容だ。

例えば、ロケットエンジン部品や人工衛星の絶縁材において、耐熱性と精度を両立するセラミックス部品の重要性は極めて高い。しかしこれまでは、試作品一つを作るのに数カ月を要することも珍しくなく、修正が必要になればさらに同等の時間を費やすという重厚長大な開発モデルを強いられてきた。

これに対し、AY-01Fによる短納期化は、宇宙ベンチャーが求める「アジャイルな開発」を物理層から支えるインフラとなる。試作と検証をより短いスパンで繰り返すことが可能になれば、日本の宇宙開発スピードは飛躍的に向上するはずだ。

また、微細化の限界に挑む半導体製造装置においても、複雑な冷却経路を持つセラミックス部品の需要は急速に高まっている。3Dプリンターならではの自由な設計が装置の冷却効率を極限まで高め、エネルギー消費の抑制と性能向上を同時に実現する。これは、異業種が培った「材料技術」と「精密制御」が、既存の産業インフラと融合して新たな価値を生み出す日本型DXの理想形の一つといえる。

セラミックスは「扱いにくい素材」であることをやめ、金属や樹脂と同じように「自在に、かつ迅速に設計できる素材」へと進化した。AY-01Fが拓いたこの道は、素材の制約によって眠っていた数多くのイノベーションを再び日本の工場から目覚めさせる。素材の壁を超えた 先に待つこのスピード感こそが、日本の製造業がデジタルの力で再びグローバルな競争力を取り戻すための不可欠な原動力となっていくはずだ。