体験型エンタテインメント、ARG(Alternate Reality Game:代替現実ゲーム)の魅力と可能性を学ぶ当連載。
前回で、ARGは、知る人ぞ知るPR手法ということがわかった。しかしその事例は、すでに私たちの日常に忍び込んでいる。謎解きイベント、架空のゲームカセット、SNSに突然現れる「お詫び文」——それぞれに仕掛けがあり、それぞれに異なる熱量を生んだ。第2回では、近年の国内ARG事例を読み解きながら、この手法が持つ可能性と、見落とせないリスクについても触れていく。(リード・編集=JapanStep編集部、寄稿=MARGINE 吉野さん)
ご寄稿いただいたのは

環境ミステリーレーベル MARGINE
合同会社 未来アクセラレート 代表
吉野 渉さん
こんにちは、MARGINEの吉野です。
前回は、ARGとは何か、そしてPR手法としての可能性についてお話ししました。今回は、実際の国内事例を取り上げながら、ARGがどのように「PR」として機能したのか、その設計と効果を一緒に見ていきたいと思います。
2023年12月、大阪・アメリカ村の街中に、不思議なポスターが出現しました。
仕掛けたのはサントリー。ジャスミン焼酎「茉莉花(まつりか)」のジャスミン茶割り、通称「JJ」のプロモーションです。ただし、このキャンペーンは商品名もブランドロゴも前面に出しません。街に貼られたポスターには暗号が記されており、「ある法則」に気づいた人だけが、特設サイトで謎を解き、会場の場所を手に入れられる仕組みになっていました。
答えが示すのは、秘密のパーティー会場。招待状を受付で提示してはじめて入場できる「JJパーティー」が開催されたのです。会場ではドリンク&フードが振る舞われ、写真撮影、ダンス、クラブエリアまで用意された本格的なイベントでした。「謎を解いた人だけが入れる夜会」という設計そのものが、参加者の特別感を高める演出になっていました。
このキャンペーンでラビットホールの役割を果たしたのが、インフルエンサー・RaMuさんによるXへの投稿です。投稿文はこうです。
「この『JJ』ってわかる人いる? 大阪のアメ村にあるこの広告なんだけど、謎を解けた人だけが参加できるイベントが開催されるんだって みんなもこの謎を解いて一緒にイベント参加しよー」
この「JJ」ってわかる人いる?
— RaMu (@dpandaramu) December 8, 2023
大阪のアメ村にあるこの広告なんだけど、
謎を解けた人だけが
参加できるイベントが開催されるんだって😎
みんなもこの謎を解いて一緒にイベント参加しよー^_^
アメ村いけない人も
ここに全部のヒントがあるよん😊https://t.co/MQ94GVeqce#PR#JJトハナニカ… pic.twitter.com/LPDTXixFbH
投稿には「#PR」「#JJトハナニカ」「#サントリー」のハッシュタグが明記されており、PRであることは一目瞭然です。しかし、これを見た人が最初に感じるのは「宣伝」ではなく「謎の発見」でしょう。「JJってなに?」「この暗号、解けるかな?」という好奇心が先に立つ構造になっているのです。
ARGにおけるラビットホールとは、物語や体験の「入口」となる仕掛けのことを指します。第1回でお話しした「A.I.」のスタッフクレジットにあった光る文字がその典型ですが、「おかしい」「気になる」という感覚を持った人だけが深みへと進んでいく入口です。
RaMuさんの投稿の巧みさは、#PRと明記されているにもかかわらず、広告らしさよりも「発見の共有」として届く点にあります。受け手が「面白いものを見つけた人の投稿」として受け取れるとき、ラビットホールとしての効果は最大化されます。タグが見えていても、感情の動きは「参加したい」に向かう。これはARG的なPR設計の妙です。
結果として、Xの公式アカウントへの投稿は約621万回表示、RaMuさんの投稿単体でも約30万7,000回の表示を記録しています。「見せる広告」ではなく「気づかせる入口」が、数字を動かしました。
2026年5月、あるゲームカセットが発売されました。
「PLAYGATE」という名の、架空のレトロゲーム機専用ソフト。商品名は『つねなる光とともに』。カセットの裏面には手書きで前の持ち主の名前が記されており、セーブデータまで残っています。
もちろん、PLAYGATEというゲーム機は実在しません。しかし、公式サイトは存在し、東京・秋葉原の中古ゲームショップの棚にこのゲームパッケージが置かれているのが目撃され、SNSで話題となりました。「昔から存在していたかのような物体」が、現実の空間に溶け込んでいる。これが、このARGの核心です。
実際に秋葉原の中古ゲームショップで販売
つねなる光とともに手に入れた!
— メモ用紙 (@jskky333) May 14, 2026
本当に中古屋で売っててすごかった! https://t.co/xlAKSlU1vm pic.twitter.com/95p0JazryV
メモ用紙様X投稿@jskky333
カセット本体にはNFCが内蔵されており、スマートフォンをかざすだけでブラウザ上にてゲームが起動します。「ゲームカセットをスマホにかざしてゲームを始める」という感覚は、レトロな物体とデジタル体験が地続きになった、新しい没入の形です。
発売後まもなく完売。次回入荷分の予約も一時停止になるほどの反響で、最大3ヵ月待ちとなりました。価格は7,150円(税込)。謎解き体験と物理コレクションを兼ねたこのプロダクトは、ARGの新しいビジネスモデルを示しています。
手がけたのは「第四境界」。前回の記事の最後でも名前を挙げましたが、「現実と仮想の間の曖昧な領域」に物語を紡ぎ出す日本のクリエイター集団、および彼らが手がけるゲームブランドのことです。
ここまでポジティブな事例をお話ししてきましたが、ARGには設計を誤ると炎上するリスクもあります。
ある出版社のX公式アカウントが、こんな投稿をしたことがありました。
Xでの炎上事例
一読すると、企業アカウントで何らかのトラブルが発生したように見えます。しかしこれは、ホラー小説のプロモーションでした。
宣伝していた書籍のタイトルは『「ヨシエさんの写真」に関する文書群』。タイトルだけで、すでに複数の不安を植え付ける設計になっています。「写真」という言葉は視覚的な恐怖を喚起し、「文書群」という表現は何者かが記録した証拠の存在を連想させる。「ヨシエさん」という固有名詞は、実在する人物を巡る実際の出来事であるかのような印象を与えます。
そのうえで投稿された「お詫び文」は、「意図せず表示される事象」「真偽については編集部で裏付けを急いでいます」「不確かな情報の発信は思わぬリスクを招く」という言葉が並ぶ構成です。これは、呪いや怪奇現象が企業内で実際に起きているかのような空気を演出しており、読む人の不安と好奇心を巧みに刺激することを意図したのだと思われます。
ARGの手法として「現実と虚構を曖昧にする」ことは本質的な魅力です。ただし、企業公式アカウントからの発信となると話が変わります。フォロワーが信頼している情報源が「嘘をついている」と感じさせてしまうリスクがあるからです。実際、「企業がこういった宣伝方法をすると紛らわしい」「セキュリティ問題と思ってしまう」という批判の声が相次ぎました。
ARGが炎上しやすい条件は、大きく3つあると私は考えています。
サントリーのケースはブランドアカウントではなくインフルエンサーを入口にし#PRをつけていたこと、第四境界のケースは「フィクションである」ことを明示したうえで「リアル」を演出したことが炎上を回避できた要因だと思います。「現実のように見えるが、フィクションだとわかる余地がある」——この設計の精度こそが、ARGの倫理的な骨格です。
今回紹介した事例に共通しているのは、「見せる」ではなく「発見させる」設計です。消費者が自ら謎に気づき、解き、体験を口コミとして広げる。この流れは、広告費をかけて届けるアプローチとは根本的に異なる熱量を生みます。
次回は、ARGをビジネスや地域PRにどう活用するか、より実践的な観点からお話しします。