皆さん、こんにちは。well f.m. 一般社団法人創業者の善井 靖です。私はこれまで、佐渡島での観光再生をきっかけに、全国各地の地域づくりやDMO支援に関わってきました。人口減少、担い手不足、地域経済の停滞。地方は、いくつもの課題に直面しています。それでも私は、地方にはまだ未来を切り拓く力があると信じています。地域の人たちが知恵を絞り、汗をかき、同じ方向を向けば、地域はもう一度前へ進める。そのための大きな手段の一つが、観光です。
本連載では、DMOの進化と「観光の民主化」をテーマに、地域がもう一度動き出すために必要な視点と実践をお伝えしていきます。初回となる今回は、私自身の歩みを振り返りながら、なぜDMO支援に向き合っているのか、そしてDMOが地域にとってどのような存在であるべきなのかをお話しします。(解説=well f.m. 一般社団法人 創業者 善井 靖/文=JMPプロデューサー長谷川 浩和)

well f.m. 一般社団法人 創業者/内閣府 地域活性化伝道師
善井 靖さん
佐渡島出身。ラジオ放送作家、イベント企画制作などを経て、2000年に起業。その後、観光マーケティング協会、ナイトタイムエコノミー株式会社、well f.m.一般社団法人を設立。内閣府「地域活性化伝道師」、観光庁「世界水準のDMO専門家」などを務め、全国各地で観光地域づくりやDMO支援に携わっている。
私は佐渡島の出身です。
中学生の頃から放送の仕事に憧れ、大学進学後、ラジオ番組の制作に携わるようになりました。20代の前半は、ラジオ番組の構成台本を原稿用紙に書く仕事をしていました。その後、放送局のイベント事業が広がる中で、番組制作に加え、イベントの企画制作にも関わるようになりました。全国各地を飛び回る日々が始まったのも、その頃です。
37歳で起業しました。当初は、動画配信の仕組みを生かした事業に取り組んでいました。前職でNTTの実験プロジェクトなどにも関わっていたため、インターネットを通じて映像を届けることに、大きな可能性を感じていました。
地域再生の仕事に本格的に関わる転機となったのが、2003年頃に携わった佐渡島の観光再生プロジェクトです。新潟県の事業として、「佐渡の宝を100個見つける」という企画に取り組むことになりました。
それまでの私は、佐渡には盆と正月に帰るくらいでした。ところが、その仕事をきっかけに、毎週のように佐渡へ通うようになりました。いま振り返れば、あれは一つの運命だったのだと思います。自分が生まれ育った地域を、外からの視点と内側の感覚の両方で見つめ直す。その経験が、私にとって地域再生の原点になりました。
地域には、自分たちでは当たり前になっているものがたくさんあります。風景、食、暮らし、歴史、そして人の営み。外から見れば魅力であっても、地域の人自身がその価値に気づいていないこともあります。
佐渡での仕事は、そうした地域の価値を見つけ直し、言葉にし、次の動きにつなげていく仕事でした。観光とは、単に有名な名所を紹介することではありません。地域にあるものを見つめ直し、その価値を社会にひらいていく営みでもあります。
観光を地域再生の手段として捉えるようになった出発点は、この佐渡島での経験にありました。
地域の仕事に関わるようになってから、私は全国各地の地方都市を見てきました。その中で強く感じていることがあります。地方には、いまも大きな可能性が残されているということです。
もちろん、現実は簡単ではありません。人口減少が進み、若い人が地域を離れていく。事業承継は難しく、働く場所も限られている。地域の中で新しい挑戦をしようとしても、失敗に対する地域の目が厳しい。経営者も孤独になりやすい。地方に行けば行くほど、そうした空気を感じることがあります。
一度事業が苦しくなると、金融機関との関係も難しくなり、社員や家族にも不安が広がっていくことがあります。そうした現実を見ていると、地域で新たに事業を起こそうとする人が慎重になるのも無理はありません。
私は、そうした空気が地方に広がっていることに、強い危機感を持っています。
しかし、だからこそ私は、観光に可能性があると考えています。地域の人たちが知恵を絞り、汗をかき、チームで取り組めば、地域にはまだ勝ち筋をつくれる。私はそう信じています。そのための手段の一つが、観光です。
観光は、人を呼ぶことだけを目的とした産業ではありません。地域に仕事をつくる手段であり、地域の人が自分たちの価値に気づくきっかけであり、外から来た人と地域の人が出会う場でもあります。
観光を通じて地域の中にお金が循環し、働く場所が生まれ、若い人が戻ってくる。暮らしへの誇りも育っていく。そうした状態をつくることができれば、観光は地域再興の大きな力になります。
私がwell f.m.一般社団法人で掲げているのは、「旅する人も迎える人も幸せになる仕組みづくり」です。
観光客だけが満足して帰るのではなく、迎える地域の人たちの暮らしや仕事も豊かになっていく。地域の自然や文化が守られ、働く人の誇りが高まり、住んでいる人の幸福度も上がっていく。そうした観光でなければ、これからの時代に持続していくことは難しいでしょう。
観光を、単なる誘客やイベントで終わらせてはいけない。地域の仕事や誇り、未来につながる手段として捉え直す。そこに、私がDMO支援に取り組む理由があります。
では、そもそもDMOとは何なのでしょうか。
一言で言えば、DMOは地域観光の司令塔です。日本では「観光地域づくり法人」とも呼ばれます。地域の人や事業者とともに、観光を経営の視点で動かしていく。そのために戦略を描き、地域資源を磨き、関係者をつないでいく存在です。地域の観光を単なるPRやイベントで終わらせず、データを見ながら戦略を立て、地域資源を磨き、関係者をつなぎ、観光を地域経営につなげていく。その役割を担う組織が、DMOです。
加賀市でのワークショップの一コマ
これまで日本の地域観光は、行政が中心になって担ってきた面があります。行政のもとに観光協会のような組織があり、イベントや案内、プロモーションなどの実務を担ってきた地域も少なくありません。
もちろん、行政の役割は重要です。地域全体の計画をつくり、公共性を担保し、必要な支援を行うことは欠かせません。ただ、行政サービスとして観光を扱うと、どうしても「広く、あまねく、均等に」という考え方になりやすい面があります。
成果を上げている事業者も、これから磨き込みが必要な事業者も、同列に扱う。特色ある取り組みも、まだ準備段階の取り組みも、同じ枠の中で扱う。もちろん、公平性は大切です。しかし、観光を産業として育てるためには、地域の強みを見極め、戦略的に磨き込むことも必要です。
どの市場を狙うのか。どの地域資源を磨くのか。誰に来てほしいのか。どのように消費を生み、地域内に循環させるのか。こうした問いに向き合わなければ、観光は「何となく人を呼ぶ」だけの取り組みで終わってしまいます。
DMOに求められるのは、こうした戦略性です。観光客を呼ぶだけではなく、地域にとって収益を生む領域をつくる。地域の人たちが関わりたくなる仕組みをつくる。事業者が挑戦しやすい環境をつくる。観光によって、地域の幸福度や雇用、経済循環がどう変わったのかを見えるようにする。そこまで担って初めて、DMOは地域観光を動かす存在になっていきます。
DMOは、補助金事業の受け皿にとどまる存在ではありません。単なるプロモーション組織でもなく、地域の未来を考え、実行につなげる組織です。観光を通じて地域を動かし、新しい挑戦を生み出していく組織であるべきです。
私がいま最も大切だと考えているのが、「観光の民主化」という視点です。
日本の観光は、特に地方都市において、まだ一部の関係者に閉じている面があると感じています。観光が、一部の行政担当者や観光協会、限られた事業者の中だけで語られている地域があります。長く同じ人が役職を担い、組織が硬直化していることもあります。既存の関係性が変化を難しくし、若い人が入りにくくなっている地域もあります。その状態では、新しい挑戦は生まれにくくなります。
そうした現実を、私は多くの地域で見てきました。観光が一部の人だけのものになると、地域全体の力にはなりにくいのです。
本来、観光にはもっと多くの人が関われるはずです。宿泊事業者や飲食店だけでなく、農業者、漁業者、商店、交通事業者、クリエイター、若者、移住者、住民一人ひとりが、地域の価値をつくる担い手になり得ます。
地域の日常にある食や暮らし、自然や文化、人の営みそのものが、観光価値になる時代です。だからこそ、観光を閉じた世界にしてはならない。
観光客を呼ぶことだけを目的にするのではなく、地域の人たちが自分たちの価値に気づき、自分たちのこととして関わり、そこから仕事や誇りが生まれていく。観光を通じて、地域の外と内がつながり、新しい挑戦が生まれていく。
私は、そうした状態を「観光の民主化」と捉えています。そして、その実現のためにこそ、DMOは進化しなければなりません。
行政から委ねられた事業をこなすだけでなく、地域の課題を見つけ、関係者と向き合い、必要であれば既存の仕組みにも踏み込んでいく。財源や人材の不足を理由に立ち止まるのではなく、どうすれば財源をつくれるのか、どうすれば若い人が関わりたいと思える組織になるのかを考える。地域の未来に投資できる組織へと変わっていく必要があります。
私は、観光には地域に希望の風を吹かせる力があると信じています。
観光が成長産業として期待されるいま、その恩恵を一部の地域や一部の事業者だけにとどめてはなりません。地方に眠る可能性をひらき、地域の人たちが自分たちの未来を自らつくっていく。そのために、DMOは従来の延長線上にとどまらず、地域を動かす存在へと進化していかなければなりません。
次回は、なぜ日本のDMOが本来の力を発揮しきれていないのかを考えていきます。行政との関係、財源不足、人材不足、観光協会との役割分担、そして若い人が入りにくい構造。現場で見えてきた課題をひもときながら、DMOが地域を動かす存在になるために何が必要なのかをお話しします。次回もぜひお楽しみに。