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2026.08.26

ラブブが来る。7年前の北京で【連載】アジアIPビジネスの可能性(第2回)

中国・アジアのIPビジネスの事例や実体験をもとに、その潮流やビジネスの本質を解説いただく本連載。今回は、世界的な人気を集める「ラブブ」を生み出した中国の「POP MART」がテーマだ。世界的IPはなぜ中国から生まれたのか。7年前、北京での熱気を目の当たりにした恒川さんが、中国企業が長年培ってきた製造力と、原作に頼らず造形や体験から価値を生み出すIPビジネスの成長をひもとく。(リード文:JapanStep編集部、本文:ミニチュアファクトリー 恒川琢朗さん)

【連載一覧】アジアIPビジネスの可能性 

ご寄稿いただいたのは

 

株式会社ミニチュアファクトリー代表取締役
恒川琢朗さん

2003年の創業時からミニチュアグッズのOEM制作に携わり、2013年頃からキャラクター事業を展開。2017年からは成長著しい中国のキャラクターIP企業との戦略提携により、ネット時代の新しいキャラクター展開を実践しつつ、インバウンドプロモーションを実施。中国のスピードと日本の丁寧さを掛け合わせ、企業やアーティストの企画を製造・ライセンス・流通まで一貫して推進。日本と中国、版権元とライセンシー、クリエイターと工場。それぞれの立場や論理を直接知っているからこそ、異なる価値観のあいだに立って、プロジェクトを実際に動かしている。

前回、中国キャラクター「長草くん」の日本展開を通じて「人は知らないものは買わない」という学びについて書いた。最後に少しだけ触れたのが、当時中国で急速に存在感を増していたフィギュアショップ「POP MART」である。今回はそこから話を進めたい。

日本でも話題の「ラブブ」。大きな耳とギザギザの歯を持つあのキャラクターは、原宿や渋谷の店に行列ができ、オンラインでも一時は抽選でしか買えない状態が続いていた。韓国のガールズグループ、BLACKPINKのリサが愛用したことが世界的なブレイクのきっかけとなり、日本でも2024年、Yahoo!検索大賞のネクストブレイク商品部門に選ばれた。キャラクターとしては唯一の選出だった。

そのラブブを手がけているのが、北京に本社を置く中国のおもちゃ会社「POP MART」である。ただ、私が北京の店を見た2019年当時、看板キャラクターはMOLLYで、ラブブはまだ数あるうちの一つだった。それでも店は十分に賑わっていた。「POP MART」のキャラクターたち(POP MART Japan公式サイトより)

北京の店内でフィギュアを集める女性たち

私がPOP MARTの店舗を訪れたときの写真が手元に残っている。2019年のものだ。北京には仕事でそれ以前から何度も足を運んでいたが、記録として確かなのはこの年である。
まず驚いたのは客層だった。10代から20代が中心で、女性がやや多い。そして、買い物かごを手に取って商品を選んでいる人が少なくない。フィギュアを、かごに入れて買う。日本のホビーショップではあまり見ない光景だったように思う。
実際、私自身も欲しくなった。商品のひとつひとつが可愛くて、こだわりも感じられた。さらに、ディスプレイが実に上手なのだ。

2019年に訪れたPOP MART(北京)

店の外観は各店で異なり、店内にはサイネージが張り巡らされている。といっても無機質なモニターが並んでいるわけではなく、装飾と一体化していて、店に入る前からワクワクさせられる。アクリルボックスの中にキャラクターが並べられ、小さな箱の中にそれぞれの世界観が閉じ込められている。
しかも、行くたびに新しい切り口が用意されていて飽きさせない。時折コラボレーションもあり、日本のIPが登場することもあった。それでもなお、オリジナルキャラクターの存在感が圧倒的に強かった。

店外からも目を引くキャラクターオブジェ

当時の私は、現地で感じた熱気が何を意味するのかを明確には言語化できていなかった。ただ、絶え間なく続く来店客の波を見て、一過性の流行ではない何かを感じていた。
いま振り返ると、それは中国のIPビジネスが大きく伸びていくさなかの熱量だった。

POP MARTは2010年に北京で創業しているが、当初はおもちゃも扱う雑貨店だったらしい。転機は2016年、創業者の王寧氏が香港へ赴き、現地で人気のあったキャラクター「MOLLY」のデザイナー、ケニー・ウォン氏とコラボレーション契約を結んだことである。翌2017年にMOLLYをブラインドボックス形式で発売すると、中国全土で爆発的な人気を呼び、同社は成長軌道に乗ったそうだ。
私が店内を見ていた2019年には、MOLLYシリーズのブラインドボックスが年間700万個売れている。そして翌2020年12月、同社は香港証券取引所に上場し、時価総額は1兆円を超えた。

長い年月をかけて積み上げられた「中国製」の技術

私は株式会社ミニチュアファクトリーで、ミニカーやフィギュアの製造に携わり、2000年から中国の工場に発注を続けてきた。二十数年、中国の製造現場をずっと見てきたことになる。

その間、中国企業は日本やアメリカ、ヨーロッパの企業からキャラクターのフィギュア制作を請け負い続けてきた。ディズニーやマーベル、日本のアニメコンテンツの版権元などは当然、品質基準も高く、簡単には監修はパスできない。何度も何度も修正を繰り返して完成品へとたどり着く。製造工場も苦労をしたに違いない。そのような経験を通じて、製造技術と表現力を磨いてきたわけである。2000年代の時点で、日本市場向けの美少女フィギュアなども相当に精巧なものが作れていた。

そこに、自前のコンテンツとIPが加わった。
つまり中国企業は、質と量の両面で製造の世界トップレベルに達したうえで、IPを持つに至ったということだ。順番が逆ではない。作れるようになってから、作るものを自分で決められるようになった。


2014年当時、中国工場訪問時の写真

一部の日本人の中には、いまだに中国を模倣品大国、安かろう悪かろうと捉えてしまっている傾向があると思う。これは単純に知識不足であり、現状を正しくとらえる必要があると思う。
悲しいことに、いま日本の工場にミニカーやフィギュアの製造を依頼しても、そう簡単には受けてもらえない。キャパシティがないのである。一部の特殊な技術や製品を担える会社は残っているが、大量生産で質の良いものを安く、という条件では中国企業にかなわない。

日本もアメリカも、自国の製造能力を犠牲にして、安くて早い中国企業に依存してきた。従来、品質の低さやコンテンツの模倣を理由に、まだまだ自分たちの脅威ではないと考えていた。だがその間に、中国企業はしたたかに力をつけていた。
私自身も、その流れの中にいた一人である。工場に行けば、大量生産ラインで何百人もの人が働いていた。日本市場のコスト圧力の中では、価格が高ければ受注は決まらない。そして日本国内に、頼めるところはもうなかった。そうするしかなかったのである。

かつての工場は、土日はもちろん、昼夜を問わず動いていた。その猛烈な働き方の中で、確かに育ってきたものがある。技術を積み上げたのは、発注していた私たちではない。現場にいた人たちである。
POP MARTは、その集大成と言えるのではないか。

原作がなくても売れるということ

新鮮だったのは、MOLLYがアート作品からIP化されたキャラクターだったことである。日本のキャラクタービジネスに長く関わってきた人間にとって、キャラクターとはまず物語の中から生まれてくるものだった。漫画があり、アニメがあり、そこで愛された登場人物がグッズやライセンスへと展開していく。原作という幹があって、商品という枝が伸びる。

ところがMOLLYには、そうした原作がない。香港のデザイナーが2006年に生み出した一体のアートトイであり、背後にアニメ作品のような物語はない。あるのは、唇をとがらせた少女の造形と、その世界観だけである。

中国でいう「潮流玩具(潮玩)」とは、アニメやゲームのキャラクターを元にしたものではなく、クリエイターが自ら生み出したオリジナルのフィギュアを指す。POP MARTの創業者自身の言葉を借りれば「独立IPのトレンド属性のある玩具」ということになる。
物語が先にあってキャラクターが立つ、という順番ではない。造形が良く、世界観が表現されていれば、十分売れるのである。
そしてその造形を、質と量の両方で実現できる製造力が、中国にはあった。

2019年当時のPOP MART店内

なぜ、中国でそれが起きたのか

もちろん、製造力だけで説明がつくわけではない。買う側の土壌も必要である。
ひとつには、日本のアニメで育った世代の存在があると思う。1990年代、中国では日本のアニメが次々と放映された。『スラムダンク』は1996年からアニメ放映が始まっている。

当時の中高生や小学生は、いま40代前後になっている。この世代は日本のキャラクターに強い親しみを持っていて、その中からキャラクター関連の事業を立ち上げる人たちも出てきた。

同じ世代は、日本発のベアブリックにも親しんでいる。中国ではベアブリックが非常に好まれており、店に置くと飛ぶように売れるほどの人気だという。興味深いのは、ベアブリックもまた原作を持たないIPだということである。クマ型のユニークな形状に新しいデザインが描かれると、そこに新しいIPが生まれる。物語からではなく、造形とコラボレーションから広がっていく形だ。

つまり中国の若い層にとって、原作のないキャラクターを愛でることは、はじめから自然な行為だったのではないか。そこにキャラクター、フィギュア、スニーカー、ファッションといったサブカルチャーの盛り上がりが重なった。さらに現地では、不動産投資が一段落した資金が次の投資先を探しており、それがIPに向かった、という話も耳にした。これは私が現地で聞いた範囲の話であり、裏付けを取ったものではない。ただ、実際に資本がこの領域に流れ込み、業界の規模を一気に押し上げたことは確かである。
作れる力があり、買う人がいて、資金が集まった。この三つが揃ったということである。

マルチ展開の「常識」が違う

もうひとつ、日本との違いとして強く感じるのが展開の規模である。
中国や香港の商業施設では、大規模なポップアップ空間が当たり前のように行われている。巨大なオブジェを立て、キャラクターの世界観そのものを空間として表現してしまう。日本の感覚からすると、予算的にかなり思い切った判断に見える。


北京・首鋼園に設置されたMOLLYの巨大オブジェ

しかしそれが常態化しているということは、若い層に向けてそこまでアピールする価値があると判断されているということだ。商品を並べる場所ではなく、体験させる場所として空間を捉えている。加えて、商業施設側のお金のかけ方も異なるため、その影響も多分にあると思う。人口の多さに加え、個人個人の旺盛な消費力を誇る中国だからできることともいえる。

第1回で私は、IPにおいては「認知のきっかけ」「どの文脈で受け取られるか」「どのように使われるか」の設計が重要だと書いた。中国のIP企業がやっているのは、まさにその三つを店舗と空間で一気に成立させることである。
原作という文脈が最初からないぶん、文脈は作っていくしかない。だからこそ、体験の設計に命をかけているように見える。

日本企業は、どこで戦えるのか

この十数年を振り返って感じるのは、中国オリジナルコンテンツの勢いの強さである。
計画的でありながら柔軟で、そして何より早い。市場の反応を見てからの動きが、尋常ではなく速い。日本企業でこの速度を実現できているところが、どれだけあるだろうか。
一方で、日本には物語を生み出す力という圧倒的な強みがある。原作から始まるIPの厚みは、簡単に真似できるものではない。
問題は、その強みに寄りかかったまま、接点の設計を後回しにしていないかということだ。良い原作があれば売れる、という前提が通用する市場は、思っているほど広くない。そして製造の力の方は、その間に手放してきた。

いま日本の店頭に並ぶラブブも、中国の工場で作られている。あの造形の精度や仕上げの質は、長い年月をかけて積み上げられたものの上にある。私たちが行列を作って買っているのは、キャラクターであると同時に、その製造力そのものでもある。

私自身、キャラクターIPに関わったあと、2019年頃からアート領域におけるIPの波にも触れることになった。次回は、そのアートIPの世界について書いてみたいと思う。(つづく)

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