
現実世界に物語への入口をつくり、参加者自身がその当事者となるARG(Alternate Reality Game/代替現実ゲーム)。近年はエンターテインメントとして支持を広げる一方、Z世代をはじめとする若年層との新たな接点として、マーケティングやPRの領域でも関心が高まっている。本連載では、参加者がなぜARGに惹かれ、自ら物語に関わっていくのかを捉えながら、ブランディング、PR、販売促進、採用、地域活性化などへの応用を考える。第1回では、そもそもARGとは何か。その基本的な特徴と、物語が“自分ごと”になる理由を紹介する。(文=JMP総合プロデューサー長谷川浩和)
お話を聞いたのは…

環境ミステリーレーベル MARGINE
合同会社 未来アクセラレート 代表 吉野 渉さん
地域とARGの連携を掲げ、ARGの企画・制作に取り組む。『Project:;COLD』との出会いをきっかけにARGに魅了され、自らもARG制作に乗り出す。現在は

ARGウォッチャー・謎解き制作者
リー猫さん
MARGINE全作品の謎解きを手がける。自ら作るだけでなく、noteやXで国内ARG作品のレビューや定期的な動向分析を発信し続けている。「ARGコンテスト2026」(虚構界隈主催)特別審査員。
ARGの特徴は、言葉の定義だけでは伝わりにくい。そこで押さえておきたいのが、二人がARGに惹かれるきっかけとなった『Project:;COLD』だ。2020年に始まった同作は、Twitter(現X)やYouTube、Webサイトなどを舞台に、現実の時間と連動して物語が進む参加型のミステリー作品である。
「当時、リアルタイムで物語が進行するドラマなどはありましたが、現実の時間軸に沿って物語が進み、そこに自分たちも関われるものは、ほとんど体験したことがありませんでした。『明日はどうなるのだろう』『あさってはどうなるのだろう』と、続きを楽しみにしながら日々を過ごす。それが不思議な体験でした。当時はまとめサイトのようなものもなかったので、僕自身、人物相関図をつくって発信していました」(吉野さん)
ドラマにも次の展開を待つ楽しみはあるが、視聴者は基本的に物語の外側にいる。ARGでは、情報を自ら探し、ほかの参加者と考察を重ね、ときには吉野さんのように整理した情報を発信する。作品を受け取るだけだった人の行動そのものが、体験の一部になっていく。
リー猫さんを『Project:;COLD』の世界へ引き込んだのも、高校生という設定で日常を発信するTwitter上のアカウントだった。何気ない投稿から都市伝説へと話が広がり、そこに記されたサイト名を検索すると、実際にそのWebサイトが存在した。
「最初は、神奈川にいる高校生が日々の様子を発信しているだけでした。ところが、ある日、都市伝説について投稿し、そこに出てきたサイト名を検索すると、本当にそのサイトが存在する。やがて本人もその出来事に巻き込まれ、ある日突然、『亡くなりました』という投稿がされる。映画やドラマ、小説とは違い、ずっとタイムラインで追っていた人物だったからこそ、物語の中の出来事を自分ごとのように受け止めてしまいました。『こんな表現の仕方があるのか』と、大きな衝撃を受けました」(リー猫さん)
作品との接点が、日頃から使っているSNSだったことも大きい。物語を見るために映画館へ出かけたわけでも、ゲームを起動したわけでもない。いつものタイムラインに登場人物がいて、現実と同じ時間を過ごしている。その人物の投稿から気になる言葉を検索すると、別のWebサイトにつながり、また新しい情報が見つかる。
リー猫さんは、ARGとの出会いを「日常生活の一部に物語がある、その体験が面白かった」と振り返る。ARGでは、作品に触れている時間そのものが、普段の生活から切り離されていない。

元ポスト:佐久間ヒカリさん
ARGは「Alternate Reality Game」の略で、日本では一般に「代替現実ゲーム」と訳される。名前が似ているため、AR(Augmented Reality/拡張現実)と混同されることもある。ARが現実空間にデジタル情報を重ねる技術を指すのに対し、ARGはSNSやWebサイト、動画、電話、紙、実在する場所など、日常にある複数のメディアや空間を横断しながら物語を展開する。
ARGには、「この条件を満たせばARGである」という単一の定義があるわけではない。吉野さんは、その輪郭を捉えるうえで「ラビットホール」と「物語に関わる理由」を重視している。
「ARGの定義は難しいと思っています。いくつか条件を挙げることはできますが、それをすべて満たしていなければARGではない、というものでもありません。その中で僕が特に重視しているのが、ラビットホールです。物語に入る入口があり、その先で、自分がその物語に関わる理由がある。僕は、この二つが大きな要素だと考えています」(吉野さん)
ラビットホールとは、「ウサギの穴」を意味する言葉で、『不思議の国のアリス』に由来する。白ウサギを追ったアリスが穴へ入り、不思議の国へ足を踏み入れたことになぞらえた表現である。ARGでは、現実から物語へ入るきっかけとなる出来事や仕掛けをこう呼ぶ。
ARG初期の代表作『The Beast』には、ラビットホールの特徴が端的に表れている。
2001年公開の映画『A.I.』のプロモーションとして展開されたこの作品では、予告編やポスターの中に、違和感のある情報が仕込まれていた。それに気づいた人が人物名を検索するとWebサイトが見つかり、さらに電話やメールへと情報がつながっていく。参加者は一つのゲーム画面を進むのではなく、予告編、Webサイト、電話、メールといった異なるメディアを行き来しながら、断片的な情報をつなぎ合わせていった。
(引用:A.I. Artificial Intelligence International Trailer)
違和感に気づき、検索する――その最初の行動から、物語への参加が始まる。入口を明示されるのではなく、参加者自身が「もう少し知りたい」と、その先へ進む。ラビットホールの特徴は、物語への入口をつくるだけでなく、進むかどうかを参加者本人に委ねている点にある。
リー猫さんがARGを捉えるうえで重視するもう一つの要素が、「何の属性も与えられていない自分自身」として物語に参加することだ。
多くのゲームでは、プレイヤーはあらかじめ設定されたキャラクターを操作したり、役割を与えられたりする。ARGでは、現実の自分自身がそのまま物語に関わる。
「ARGかどうかを判断するとき、私が大きな基準にしているのは、プレイヤーが何の属性も与えられていない“自分自身”として物語に参加できるかどうかです。例えば、『あなたの友達から、こんなメールが届きました』と始まると、『自分にはそんな友達はいない』という矛盾が生まれてしまう。日常の中にラビットホールがあり、そこに少しアクションを起こすと物語が始まる。仮の姿を与えられるのではなく、プレイヤー自身が登場人物になることが大切だと考えています」(リー猫さん)
用意されたキャラクターを介するのではなく、現実にいる自分の行動が、そのまま物語との接点になる。この点は、リアル脱出ゲームやイマーシブシアターと比べると理解しやすい。
リアル脱出ゲームであれば、指定された会場で、提示されたルールや状況に沿って謎を解く。イマーシブシアターでは、演出された空間へ入り、登場人物と同じ場で物語を体験する。いずれも高い没入感を得られるが、体験が始まる場所や時間は比較的明確である。
ARGは必ずしも専用の場所を必要としない。地方に暮らすリー猫さんは、そこにもARGならではの魅力を感じている。
「私がARGに魅力を感じる理由の一つは、いつでも、どこでもプレーできることです。私は地方に住んでいるので、イマーシブシアターやリアル脱出ゲームが近所で開催されているわけではありません。でもARGなら、購入した物が自宅に届いたところから物語が始まることもあります。ネット上で気になるページを見つけ、そこを掘り下げていくこと自体がゲームになっている場合もあります。日常がベースにあって、そこから少し物語に足を踏み入れるだけで遊べる。“日常のすぐ隣にあるゲーム”という感覚に近いと思います」(リー猫さん)

ARGにも、実際の土地へ足を運ぶ作品やリアルイベント型の作品はある。したがって、「いつでもどこでも」という特徴がすべてのARGに当てはまるわけではない。それでも、自宅のPCやスマートフォン、普段歩いている街、自宅に届いた物まで、日常を取り巻く環境そのものを物語の舞台にできる。
吉野さんは、ARGを「自らが非現実に踏み込むことができる体感ゲーム」と表現する。この言葉は、リー猫さんの「自分自身として参加する」という考え方とも重なる。用意された役を演じるのではなく、現実にいる自分が違和感に気づき、判断し、一歩踏み込む。その行為そのものが物語との接点になる。
ARGには謎解きを取り入れた作品が少なくないため、「ARGは謎解きゲームの一種なのか」と思う人もいるだろう。しかし、二人とも謎解きをARGの必須条件とは捉えていない。リー猫さんが重視するのは、謎の難しさではなく、物語の中で「なぜそれを解くのか」が成立していることである。
「謎解きが必要かどうかは、議論の余地があると思っています。ただ、登場人物の動きを追っているだけでは、なかなか当事者感は生まれません。例えば、どうしても見たいページにパスワードがかかっていて、そのヒントが別のブログにある。謎ではあるけれど、物語の中で自然にそこを見なければならない状況へ導かれているわけです。逆に、いかにも『謎解きです』という問題が突然出てくると、そこで現実感が薄れてしまいます」(リー猫さん)
「暗号を解いてください」と問題を渡されるのと、知りたい情報へたどり着くために暗号を解くのとでは、同じ行為でも動機は異なる。ARGでは、謎より先に「知りたい」がある。
何が起きたのか、人物は何者なのか、なぜこのWebサイトが存在するのか。そうした疑問を追うために検索し、過去の投稿を読み返し、複数の情報をつなぎ合わせる。参加者からすれば、「謎解きをしている」というよりも、「自分が知りたいことを調べている」という感覚に近い。
制作側から見ると、ARGに謎解き型が多い背景にはコストの問題もある。
「謎解きである必要はありませんが、比較的コストを抑えて制作できるという面があります。プレイヤー自身が判断し、その選択によって物語が分岐する考察型では、分岐の数だけ制作物も増えていきます。さらに、ナビゲーターがいて、人やAIがプレイヤーに応じて物語を動かすストーリープレイング型になると、制作負荷はさらに大きくなる。コストを考えると、謎解き型に寄りやすい事情はあると思います」(吉野さん)
とはいえ、謎が物語から浮いてしまえば、没入感は失われる。吉野さんは「ARGの謎解きは、その物語に絶対必要なものでないといけない」と強調する。物語とは無関係な問題が突然現れれば、参加者はそこで現実へ引き戻されてしまうからだ。
企業がARGを活用する場合も、商品に暗号を仕込み、Webサイトに謎を置き、スタンプラリーにストーリーを加えるだけでは十分ではない。先に必要なのは、相手が「続きを知りたい」と思う理由である。
商品の特徴やブランドの考え方を知ってもらうPR、企業文化への理解を深める採用活動、地域への関心を高め、来訪につなげる地域活性化など、目的はそれぞれ異なる。企業には伝えたい情報があるが、ARGでは、それをそのまま提示するところから始めない。ARGでは、受け手が自ら検索し、読み、行動したくなる動機まで含めて設計する。吉野さんがマーケティングの面で注目するのも、この「自ら取りにいく」構造だ。
「テレビCMだけではZ世代に届きにくい場面もありますし、SNS広告も必ずしもクリックされるわけではありません。ARGでは、ユーザー自身が情報を取りにいく形をつくれる。これまで接点を持ちにくかったZ世代にアプローチできる点は、ARGの強みだと思っています」(吉野さん)
情報を「届ける」から、受け手が「取りにいく」へ
ブランディング、PR、販売促進、採用、地域活性化と用途は異なっても、起点は共通している。伝えたい情報をどう見せるかではなく、受け手が自ら関わりたくなる状況をどうつくるか。ARGをビジネスに応用する価値は、派手な演出や謎解きそのものより、この発想にある。
ARGは2000年代、映画や商品のプロモーションを中心に海外で広がり、日本でもさまざまな試みが生まれた。しかし、日本では一つのジャンルとして広く定着するまでには至らなかった。近年、その状況に変化をもたらしているのが、『Project:;COLD』や第四境界の作品などである。なぜARGはいま、再び注目を集めているのか。
第2回では、海外から日本へと続くARGの歩みをたどりながら、ARGが再び注目を集めるまでの転機を追う。
▼「挑戦」を生むトレンドニュースを毎日掲載!
挑戦者のためのビジネスメディア『JapanStep』
『ARGガイド2024 ~過去の名作から『Project:;COLD』まで~』(エレメンツ工房、2024年)