体験型エンタテインメント、ARG(Alternate Reality Game:代替現実ゲーム)の魅力と可能性を学ぶ当連載。観光プロモーションというと、多くの場合「その土地に来た人」にどう楽しんでもらうか、という発想で設計される。しかし今回取り上げるのは逆の発想。つまり、まだその土地を知らない人に、どうやって「気づいてもらう」か、だ。第3回では、MARGINE(メルジーン)が福岡県朝倉市・秋月エリアで手がけた謎解き体験キットを題材に、実際に体験した方の声や今後の展開も交えながら、ARGが観光・地域プロモーションにもたらす新しい設計思想を、事例を通じてお話しいただく。(リード・編集=JapanStep編集部、寄稿=MARGINE 吉野さん)
ご寄稿いただいたのは

環境ミステリーレーベル MARGINE
合同会社 未来アクセラレート 代表
吉野 渉さん
こんにちは、MARGINEの吉野です。
これまで2回にわたり、ARGという手法とその国内事例についてお話ししてきました。今回は少し趣向を変えて、私たち自身が手がけた事例——福岡県朝倉市・秋月エリアを舞台にした謎解き体験キット「秋月の茶屋から始まる物語」を題材に、地域プロモーションとしてのARGの可能性についてお話ししたいと思います。
秋月は、福岡県朝倉市にある、かつて秋月藩の城下町として栄えた地域一帯を指します。石垣や武家屋敷、城跡が今も残り、春の桜と秋の紅葉の名所として知られていて、その景観から「筑前の小京都」とも呼ばれています。今回のキットは、この秋月を舞台にしています。
秋月全景(写真=MARGINE 吉野さん)
観光プロモーションの多くは、「その土地に興味がある人」「実際に訪れた人」に向けて設計されています。パンフレット、SNS投稿、現地の看板——これらはすべて、すでに関心を持っている人、あるいは現地に来た人が受け取る情報です。
ARGは、この前提を少しずらします。今回のキットは、秋月という町を訪れたことがない人でも、キットを手にした瞬間から「その土地の物語」に入り込める設計になっています。同梱の地図や手紙をたどりながら、茶屋系VTuber「秋月みいひ」と一緒に、元秋月藩士の家系に伝わる家宝の記憶を追っていく——現地に行かなくても秋月という土地を深く知ることができ、知るほど「実際に行ってみたい」という気持ちが芽生える仕組みです。
秋月の茶屋から始まる物語ARGキット
つまりARGは、「すでに関心がある層」ではなく、「まだその土地を知らない層」にリーチできる手法だということです。限られた予算で認知を広げたい自治体や地域事業者にとって、この「届く相手」の違いは、プロモーション設計そのものを見直す視点になると考えています。
ARGのプロモーション構造
この設計が実際に機能しているかどうかは、プレイヤーから届いた感想を見るとよくわかります。いくつか、実際の声をそのまま紹介します。
▼実際に体験した方の声
「軽く小旅行した気分でとても楽しめました。秋月…良い所ですねぇ。行ってみたくなりました。絵馬も可愛くて、大事にします」
「秋月をお散歩したような気分になりました。歴史のある素敵なところですね。葛餅がとっても美味しそう!謎解きは程よい難易度で、秋月の現在と歴史を楽しく学べて、旅行したくなりました」
「九州地方は遠くてなかなか縁がありませんでしたが、今回の作品を通して少しだけでも秋月の魅力を知ることができました。動画で町並みやお店の雰囲気を見られたのも楽しかったです。行くことは難しいですが、機会があれば伺いたい……葛餅食べたい」
「1人では謎解きが難しかったのですが、サイトからのヒントやみいひちゃんからのヒントで、徐々に進められました。秋月の歴史など色々学べながら謎解きできて楽しかったです。謎解きを機に、秋月に来られる方が増えたらいいなと思います」
こうした声に共通しているのは、「楽しかった」で終わらず、「行ってみたい」「食べてみたい」という具体的な行動の予感にまで感想が及んでいる点です。その土地を知らなかった人が、行きたい人に変わる——プロモーションとして本来狙っていた効果が、実際の言葉として返ってきたことに、大きな手応えを感じています。
今回のキットは、現地に行かなくても楽しめる設計にすることで、秋月を知らない層にリーチすることを狙いました。次の展開では、この「知ってもらう」体験を、「実際に来てもらう」体験へとつなげていきます。
現在制作中で、今秋のリリースを予定しているのが、秋月の街を実際に歩いて楽しむサイドストーリー「(仮称)幻の時を告げる鐘を巡る物語」です。今回のキットの続編ではなく、同じ世界観を共有する派生エピソードという位置づけで、プレイヤーは今回と同じく秋月みいひに導かれながら、実際に秋月の街を歩き、道中で歴史や観光スポットに触れながら、鐘にまつわる謎を解き進めていきます。
キットで秋月に興味を持った人が、次は実際に秋月を訪れて謎を解く——「知ってもらう」フェーズと「来てもらう」フェーズを、同じキャラクター・同じ物語でつなぐ二段構えの設計です。観光プロモーションでは、認知施策と送客施策が別々の企画として切り離されがちですが、ARGであれば一つの物語の中でこの両方を担うことができます。
もう一つの特徴は、デジタルとリアルを行き来する体験設計です。キットには天然木製の絵馬や観光マップ、手紙といった実物のアイテムに加え、ブログや謎解き専用ページ、チャットでのやりとりといったデジタルコンテンツが連動しています。スマートフォン1台あれば体験できる手軽さを保ちながら、実物のアイテムが「物語が本当にそこにある」という実感を支えています。
このハイブリッド構造は、地域の実店舗(今回であれば地元の老舗「黒門茶屋」)を物語の舞台として組み込むことも可能にします。観光ガイドでも歴史の教科書でもない形で、地域の歴史や文化、実在する店舗への導線を、物語の中に自然に埋め込めるのがARGの強みです。
今回のキットは2,500円(税込)という価格で販売しています。大規模なプロモーション予算を組めない自治体や中小の地域事業者にとって、まず小さく始められることは重要な条件です。物語の設計さえ緻密であれば、大がかりな広告費をかけなくても、地域の魅力を「体験」として届けることができます。
また今回は、秋月藩の現当主による推薦をはじめ、地元の観光協会や神社の維持委員会など、複数の地域の主体から協力を得て制作しました。地域の歴史や文化を題材にする以上、その土地に根ざした方々の理解と協力を得ながら進めることは、内容の信頼性を保つうえでも欠かせないプロセスだと感じています。
「まだ知らない人に届ける」設計と、「知った人を、実際に来てもらう体験へつなげる」設計。この二つを、限られた予算と一つの物語の中で両立できることが、地域プロモーションにおけるARGの強みだと考えています。観光ガイドでも歴史の教科書でもない形で、地域の歴史や文化を「自分ごと」として体感してもらう——これは、他のプロモーション手法にはない視点だと感じています。