現実世界に物語への入口をつくり、参加者自身がその当事者となるARG(Alternate Reality Game/代替現実ゲーム)。本連載では、その仕組みと魅力を捉えながら、ビジネスへの応用を考える。第3回では、参加者の「もっと知りたい」を次の行動へつなげる体験設計を紹介した。では、この発想を企業が取り入れると、何ができるのか。第4回では、PR、採用、地域活性化などを切り口に、ARGを企業コミュニケーションにどう生かせるのかを考える。(文=JMP総合プロデューサー長谷川浩和)
▼「挑戦」を生むトレンドニュースを毎日掲載!
挑戦者のためのビジネスメディア『JapanStep』
お話を聞いたのは…

環境ミステリーレーベル MARGINE
合同会社 未来アクセラレート 代表 吉野 渉さん
地域とARGの連携を掲げ、ARGの企画・制作に取り組む。『Project:;COLD』との出会いをきっかけにARGに魅了され、自らもARG制作に乗り出す。現在は

ARGウォッチャー・謎解き制作者
リー猫さん
MARGINE全作品の謎解きを手がける。自ら作るだけでなく、noteやXで国内ARG作品のレビューや定期的な動向分析を発信し続けている。「ARGコンテスト2026」(虚構界隈主催)特別審査員。
企業が発信したい情報のすべてが、受け手にとって読みたい情報とは限らない。商品の特徴や開発の背景、企業理念、創業からの歩みなど、大切な情報であっても、Webサイトや会社案内に掲載するだけで深く読んでもらえるとは限らない。
「企業のPRでARGを使う面白さは、プレイヤー自身が情報へたどり着くところにあると思います。自分で調べて見つけた情報や、仕掛けを解いた先で得た情報には、“自分で見つけた”という実感がある。ただ提示された情報を受け取るのとは、その情報との向き合い方も変わってきます。企業が伝えたいことを、自分から知りにいってもらえるところに、ARGならではの面白さがあると思います」(リー猫さん)
ARGでは、企業が伝えたい情報を物語の中に置き、参加者自身がそこへたどり着く流れをつくれる。リー猫さんがもう一つ挙げるのが、「普段は読まれにくい文章」とARGの組み合わせだ。
「ARGには、プレイヤーがさまざまな情報を集めながら物語を進めていく側面があります。どこに手掛かりがあるか分からなければ、普段なら読み流してしまう文章にも注意を向けるようになります。企業や地域で活用するなら、普段はなかなか読んでもらえない情報に触れてもらうきっかけをつくれると思います。例えば、地域の歴史や企業の理念を物語に組み込めば、物語を追う過程で自然に触れてもらうこともできます」(リー猫さん)
例えば、企業の歴史をまとめた文章も、そこに物語を進める手掛かりがあれば、読む理由が生まれる。創業時の出来事や過去の商品を自ら調べるうちに、企業についての理解も深まっていく。ARGが変えるのは、情報そのものではない。受け手がその情報を知りたくなる理由である。
企業について深く知ってもらうという意味では、採用にもARGを生かす余地がある。吉野さんは、地域を題材にしたARGで得てきた経験から、企業への理解や共感にも同じ発想を応用できると考えている。
「地域を題材にした作品では、それまで土地の名前も知らなかった人が、体験をきっかけにその地域へ関心を持ち、好きになってくれることがあります。企業でも、その歴史や考え方を知り、共感につながるような体験がつくれれば、採用にも応用できるのではないかと思っています」(吉野さん)
リー猫さんが採用活用の例として挙げたのが、ストーリーノートが就活生向けに配布したノートである。ARGの仕掛けを解き進めると、Webサイト上に描かれた同社の「20年後の未来」へたどり着き、最後には、参加者自身もその未来をつくる一人になり得ることを意識させる構成になっていたという。
「ARGを通じて、その会社が大切にしている理念や、目指している未来に触れてもらう方法です。プレイヤーは自分自身として物語に参加するので、そこで触れた理念や未来像についても、自分との関わりを考えながら受け止めることができる。採用に限らず、企業が自分たちの考え方を伝える方法として応用できると思います」(リー猫さん)
採用サイトなどで将来像を伝えることに加え、ARGでは、自ら情報を探しながら会社の歴史や考え方に触れ、その未来と自分との関わりまで想像してもらうことができる。
採用にARGを生かす意味は、選考をゲームに置き換えることではない。企業を知る過程そのものに、候補者が主体的に参加できる点にある。
「もっと知りたい」という気持ちは、地域をテーマにすれば「行ってみたい」という関心へと広がることもある。地域とARGの連携に取り組む吉野さんは、MARGINEで手掛けた作品への反応について、次のように話す。
「地域を題材にした作品では、MARGINEが実施したアンケートで、95%以上の方が『その土地に行ってみたい』と回答した例があります。もちろん、『行ってみたい』という気持ちだけで、実際の来訪や継続的な関わりにつながったとは言えません。ただ、それまで知らなかった地域を好きになり、旅行をするときの選択肢に入るところまではつくれるのではないかと感じています」(吉野さん)
秋月の茶屋から始まる物語ARGキット
ARGでは、地域の魅力を説明するだけでなく、物語を追う中で少しずつ知ってもらうこともできる。物語を追ううちに地名を知り、その土地の歴史を調べ、登場人物と関わりのある場所を探す。そこで得た地域の情報は、観光案内として提示されたものではなく、物語を理解するために自分で見つけた情報として蓄積されていく。物語を通して土地への理解が深まり、「実際に見てみたい」という気持ちにつながることもある。
周遊型ARGでは、さらに物語そのものを現地へ足を運ぶきっかけにできる。続きを求めて街を歩けば、地域そのものが体験の舞台になる。
もちろん、「行ってみたい」という気持ちが、そのまま来訪につながるわけではない。それでも、知らなかった土地が旅行先の候補に変わることには意味がある。ARGでは、地域について知る機会だけでなく、「なぜそこへ行ってみたいのか」という理由まで物語の中につくることができる。
ARGのプロモーション構造
ARGを企業施策として検討するなら、企画の面白さとともに、制作費や継続性も考える必要がある。もちろん、必要な費用は作品の規模や仕掛けによって大きく変わる。そのうえで吉野さんは、企業がゲームコンテンツを制作する場合との比較から、ARGの制作費について次のように話す。
「企業向けのゲームコンテンツを一からつくる場合、内容や規模によっては1000万円以上、数千万円になることもあります。一方、ARGは設計次第で、数百万円規模で制作できるケースもあります。また、常設できる形にすれば、一度きりではなく、継続的に活用できるコンテンツとして残すこともできる。会社や商品への理解や関心を深める手段として、企業にも検討の余地はあると思っています」(吉野さん)
常設型であれば、公開後も新しい参加者が体験できる。企業サイトやSNS、商品、実店舗など、すでに持っている接点を物語に組み込むことも可能だ。
一方、制作費を抑えられる場合があるからといって、ARGの設計そのものが容易になるわけではない。吉野さんは、企業が取り組む際には、この領域の知見を持つ人と組むことが重要だと話す。
「ARGには特有の設計ノウハウがあります。企業が取り組むのであれば、まずはその点を理解し、この領域に知見のある人と一緒につくることが大切です。既存作品の形式をそのまま当てはめるのではなく、その企業だからこそ成立する物語や体験を考える必要があります」(吉野さん)
ARGは企業の「資産」になる
企業にとって、最初の問いは「どんなARGをつくるか」ではない。商品への理解を深めたいのか、企業の考え方に触れてほしいのか、採用候補者に自社の未来を想像してほしいのか、あるいは地域への来訪につなげたいのか。目的が違えば、物語の入口も、盛り込む情報も、参加者に期待する行動も変わる。
企業コミュニケーションでは、「何を、どう伝えるか」が重要になる。ARGはそこに、「なぜ受け手が自ら知りたくなるのか」という視点を加える。企業の歴史を調べ、その未来に自分を重ね、知らなかった土地へ行ってみたいと思う。ARGが企業コミュニケーションに加えるのは、受け手自身の「知りたい」を次の行動へつなげる発想である。
最終回となる第5回では、生成AIによってARGの制作と体験はどう変わるのか。表現の可能性が広がる一方で、現実世界を舞台にするからこそ欠かせない倫理や安全面への配慮も含め、ARGのこれからを取り上げる。
▼吉野さんによるARGコラムも連載中!
【連載】ARGが紡ぐ、新しいPRのカタチ
▼「挑戦」を生むトレンドニュースを毎日掲載!
挑戦者のためのビジネスメディア『JapanStep』
『ARGガイド2024 ~過去の名作から『Project:;COLD』まで~』(エレメンツ工房、2024年)