変化の時代にこそ問われるブランドの本質に迫り、ブランディングを経営思想や社会との関係性を映し出す営みとして捉え直す本連載。今回は、コロナ禍で売上の7割が消失するという創立以来の危機に直面しながら、新たな成長の道を切り拓いてきたJTBを取材した。「旅行会社」から「交流創造企業」へと自社のあり方を再定義し、事業とブランドの変革を一体で進めてきたプロセスに迫る。同社CMOの風口悦子さんの言葉から、変革の過程と、AI時代におけるブランドの本質を考える。(文=JapanStep編集部)
お話を伺ったのは …

株式会社JTB 執行役員
ブランディング・マーケティング・広報担当 CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)
風口 悦子さん
日本IBM株式会社で、執行役員CMOをはじめ、パフォーマンスマーケティング、クラウド・AI領域など、
幅広い分野でリーダーシップを発揮。2023年9月に株式会社JTBに入社し、執行役員CMOに就任。
現在はブランディング・マーケティング・広報の3領域を統括し、
同社のリブランディングと事業変革を推進している。
JTBは1912年の創立以来、旅行や移動、地域との接点を通じて、多くの人に親しまれてきた存在である。学校行事、社員旅行、家族旅行など、さまざまな旅の場面に寄り添い、人々の記憶に残る体験を支えてきた。
そんなJTBが2023年、1988年のCI導入以来、実に35年ぶりとなる大規模なリブランディングを実施した。同年9月には、日本IBMでマーケティング領域を牽引してきた風口悦子さんが執行役員CMOに就任。現在も、このブランド変革を事業変革と結びつけながら推進している。

長年培ってきた「JTB=旅行会社」という認知は、間違いなく大きなブランド資産である。一方で、BtoB領域や、地域活性化を担うエリアソリューション事業などの幅広いソリューション展開を社会に伝えていくうえでは、その強すぎるイメージが制約にもなっていた。
この点について、風口さんはこう語る。
「ありがたくも、JTBですと言うと、旅行事業を想起していただける状態にあると思います。一方で、コロナ禍で旅行という事業が大きなダメージを受けたとき、私たちが本当に提供している価値は何なのかに立ち返る必要がありました。そこでたどり着いたのが、交流を通じて価値を生む『交流創造事業』という考え方です」(風口さん)

同社は、「旅行会社」という枠組みを超え、「交流を通じて価値を生む会社」へと、自社の本質を再定義していった。
2020年以降、世界中で人の動きが止まった。JTBもまた、コロナ禍により売上の7割が消失するという、創立以来の大きな経営危機に直面した。しかし、同社はこの危機への対応にとどまらず、事業のあり方を見直す契機として捉え、新たな経営ビジョンを策定した。その局面でJTBが向き合ったのは、需要回復を待つことではなく、自社が社会に提供し得る価値を見つめ直すことだった。
事業の根幹にあるのは、単なる移動手段の提供や宿泊施設の手配ではない。JTBは、「交流を通じて価値を生む」ことこそが、ブランドの観点でも、事業の存在意義の観点でも、決して変わらない本質であると定義した。
一方で、人と人、人と地域、人と組織など、どのような交流が求められるか、あるいはその交流によってどのような感情が生まれ、どのような価値につながるかは、顧客の行動やマーケットの変化に応じて常に更新していかなければならない。変えてはいけない軸を持ちながら、提供する手段や形は柔軟にアップデートしていく。その姿勢が、新たなブランドの土台となっている。
「交流創造事業」は、単なるスローガンではない。JTBが長年培ってきたネットワークや社員一人ひとりの知見を、社会に新たな価値を生み出す力へと転換していく考え方である。
風口さんは、自社の価値の源泉について次のように語る。
「価値の源泉、つまり価値を生み出しているものは何なのかを考えたとき、その一つが、歴史の中で培ってきたさまざまなネットワークだと思っています。旅行者の方はもちろん、国内47都道府県、そして世界各拠点に広がるネットワーク、事業パートナーの皆さんとのつながりもあります」(風口さん)

100年以上の歴史の中で築いてきた多層的なネットワークに加え、社員一人ひとりが培ってきた専門性、経験、現場力、そして現場で顧客や地域の課題を捉える洞察力も、同社の価値を支えている。同社はこれを「交流創造Intelligence」として進化させ、新たな交流のあり方を切り拓こうとしている。

こうしたネットワークや洞察力は、企業向けのビジネスソリューション領域でも生かされてきた。例えば企業のインセンティブ旅行やイベント運営などを起点に、担当者が抱えるさまざまな課題を丁寧に聞き取る。その課題を解決するために、自社で何が提供できるかを考え、必要であれば多様なパートナーをつなぎ合わせ、総合的なソリューションへと広げてきた。つまり、JTBはこれまでも単に旅行を手配してきただけでなく、顧客の課題を聞き、関係者をつなぎ、新たな価値を設計してきた「交流創造」を実践してきた存在でもあった。

「交流創造企業」という新たなブランド像を社内に浸透させるため、JTBはインナーブランディングにも力を注いできた。同社では、企業活動と社員行動の支柱として「The JTB Way(MVV)」を再構築した。新たな経営ビジョンを組み込み、ブランド・プロミスを改訂。さらに、9,000人の社員の意志をもとに、社員共通の価値観である「ONE JTB Values(信頼を創る/挑戦し続ける/笑顔をつなぐ)」を定めた。

風口さんは、ブランドを浸透させるには、組織の各レイヤーで異なる役割があると話す。トップマネジメントはブランドの力を信じ、自分の言葉で伝える。ミドルマネジメントは、それを自分のチームの活動へと落とし込む。そのうえで、大きな力を持つのが、現場の社員一人ひとりから生まれる活動である。
「何よりもパワーがあるのは、社員一人ひとりから生まれる、現場起点の活動だと思っています」(風口さん)
経営層、ミドルマネジメント、現場社員という各レイヤーの思いが循環することが、ブランド浸透には不可欠だ。

そのための具体施策として、全社員へのeラーニングやワークショップの開催、各リーダーが自身の言葉で発信する「私のリブランディング宣言」、Web社内報を通じた情報共有、そして現場起点の「Smile活動」などが展開されている。

中でも特徴的なのが、名刺を活用した取り組みだ。名刺の箱には、MVVの一つとそれに対する問いを記した「ブランドカード」が同封されている。

社員は自分の思いをQRコードから投稿し、集まった声は社内システムで可視化される仕組みになっている。社員の声を可視化するこの仕組みは、ブランドを一人ひとりの言葉に変えていくうえで重要な役割を果たしている。
こうした取り組みは、インターブランドジャパンが主催する「Japan Branding Awards 2025(JBA2025)」において、SILVERを受賞する形でも評価された。風口さんは、今回の受賞について、リブランディングに関わってきた社員にとっても「一つの誇り」になっていると語る。外部からの評価は、社内におけるブランド変革の手応えを共有する機会にもなっている。
引用:JTBホームページより
交流創造は、理念やビジョンにとどまらず、地域課題と向き合う現場で具体的な実践へと広がっている。象徴的な事例の一つが、高松支店が中心となって進めている「クセモノズ」の取り組みである。
「クセモノズ」は、地域の未利用資源や社会課題に向き合い、地域、生活者、旅行者、JTBの社員がともに関わる場として展開されている。例えば、形が規格に合わないなどの理由で十分に活用されてこなかった魚や、地元の野菜を使い、地元の小学生と共同でレトルトカレーを開発するなどの活動を進めている。単なるフードロス対策にとどまらず、地域の課題を新たな可能性へと変える取り組みである。

風口さんは、この事例の意義を次のように語る。
「課題解決から始まっていること。そして、一方的な当社の思いや地域の思いではなく、共創によって社会をよくしていく動きが生まれていることに、大きな意味があると思っています」(風口さん)
JTBの役割は、旅行者と地域を結びつけることだけにとどまらない。地域、生活者、旅行者をつなぎ、社会価値を生む関係性を設計することへと広がりつつある。さらに同社は「JTB交流創造キャンバス」というプロジェクトも開始し、社会から未来の交流アイデアを広く募集している。寄せられたアイデアの審査には社員投票も取り入れ、社外の想像力を交流創造のヒントにしている。

最後に、AI時代のブランドについて考えたい。AI活用が急速に広がるなかで、企業の信頼はどのようにつくられていくのか。
AI時代には、ブランドの意味が薄れていくという見方がある一方で、企業の信頼を支えるものとして重要性が増していくという見方もある。風口さんは、後者の見方に可能性を見出している。
「企業への信頼を支えるものとして、ブランドの重要性はむしろ増していくと思っています」(風口さん)
AIが企業の情報を正しく読み取り、理解し、適切に推奨する状態をつくるためには、ロゴや言葉を整えるだけでは足りない。社員の日々のコミュニケーション、発信するメッセージやクリエイティブ、そして実際のサービス体験のすべてが整合していなければ、情報としての信頼性も、顧客からの信頼も積み上がらないからだ。
一方で、AIを使いこなすためには、人間自身の経験や知識の蓄積が欠かせないとも指摘する。
「AIは活用すべきものです。そのうえで、AIとどう向き合い、共に生きていくかを考える必要があります。AIから出てきた回答に『何か違う』と感じられるのは、その前提として、自分の知識や経験があるからだと思います」(風口さん)

五感を通じた経験や体験の蓄積こそが、違和感に気づき、AIを正しく活用する力になる。だからこそ、人がリアルな経験を通じて得る「交流」や「体験」の価値は、AI時代においてむしろ高まっていく。
その価値を、これからの社会にどのように広げていくのか。その問いは、JTBが2035年に向けて掲げる長期ビジョン「OPEN FRONTIER 2035」とも重なる。同社は「高い専門性と洞察力で世界をつなぎ、つくり、つなげ、感動と幸せで人々を満たす『新』交流時代のフロンティア企業となる」ことを掲げ、交流創造企業として、新たな価値創造の領域を広げようとしている。
ブランドを企業活動そのものとして捉える姿勢は、風口さんの言葉に端的に表れている。
「ブランドは、事業そのものであり、企業そのものだと思います。すべての活動の積み重ねによってつくられる一方で、たった一つの小さな失敗によって失われてしまうものでもあります」(風口さん)
変わる時代にあっても、ブランドの本質は、日々の誠実な事業活動の積み重ねに他ならない。交流創造を通じて社会との関係性を更新し続けるJTBの歩みは、これからのブランド経営に一つの示唆を与えている。