変化の時代に、ブランドは商品価値をどう問い直し、顧客との関係を更新していくのか。本連載では、ブランディングを経営思想や事業の意思、社会との関係性を映し出す営みとして捉え直す。今回は、岡山県倉敷市児島を拠点に、国産デニムの価値を世界へ発信するジャパンブルーの「MOMOTARO JEANS」を取材した。2023年からのリブランディングで同ブランドが目指したのは、デニムを一過性の消費財ではなく、10年、20年と持ち主とともに時を刻む“ライフタイム・パートナー”へと位置づけ、育てる文化そのものを広げていくことだった。同ブランドのブランディングを手掛ける株式会社ジャパンブルーの船木雄基さんと職人たちの言葉から、MOMOTARO JEANSが進めたブランド変革の内側を紐解く。(文=JapanStep編集部)
岡山県倉敷市児島。古くから繊維産業で栄え、現在では「ジーンズの聖地」として知られるこの地に、株式会社ジャパンブルーは拠点を構えている。同社が展開する「MOMOTARO JEANS」は、児島に根づく職人の技術を背景に、デニム文化を次の世代へつなぐことを掲げてきたブランドである。
その歩みは、1992年にデニムに特化したテキスタイルの企画、製造、仕入れ、販売事業を立ち上げたことに始まる。1998年には、日本の伝統的な本藍染の技術を応用した「本藍デニム」を開発。2006年には、「誰もが似合うジーンズを作る」という思いを込めて、自社ブランド「桃太郎ジーンズ」を発表した。

同ブランドは長く、ヴィンテージ・レプリカを追求する堅実なものづくりによって、熱心なデニム愛好家から支持を集めてきた。糸を染め、生地を織り、服を縫い、顧客へ届ける。ジャパンブルーが持つ一気通貫の生産体制は、プロダクトの品質を支える基盤でもある。
熱量の高い支持を集める一方で、届く顧客層には限りがあった。デニムという衣服は、本来、年齢や性別、国境を越えて多くの人が穿くことができる。それにもかかわらず、同社のものづくりが、まだ一部の愛好家にしか十分に届いていない。船木さんは、そこに課題を感じていたという。
「デニムというジャンルで言うと、本来世界中の人が老若男女問わず穿けるものです。それにもかかわらず、支持層が限定的で、すごく狭い世界にしか僕らのものづくりが届いていないことを課題に感じていました」(船木さん)

背景には、国産ジーンズ産業や児島エリアの持続可能性への危機感もあった。技術を守るだけでは、産地の未来を十分に描ききれない。児島のものづくりを次の世代へつなぐためには、ブランドの見え方そのものを更新し、より広い顧客に価値を届ける必要があった。
2023年から本格化したリブランディングは、単なるロゴやビジュアルの刷新ではない。それまでブランドが培ってきた品質を軸に、その価値をどう再定義し、世界の顧客に届くブランドへと磨いていくか。リブランディングは、その問いから始まった。
「リブランディングでは、自分たちを『グローバルのデニムメゾンブランド』にしていくという大きな旗印がありました。私たちのものづくりを、世界に通じるブランド価値として伝えていきたいという強い思いがあったのです」(船木さん)
リブランディングの核にあったのは、ブランドと顧客の関係を捉え直すことだった。ジーンズを一過性の消費財としてではなく、10年、20年と持ち主に寄り添い、時を重ねる存在として捉える。その考え方が、今回のブランド変革の中心にある。
「我々にとってブランドとは、単なるIPや記号、表象的なものではありません。お客様とブランドが、一緒に価値を築き上げていく関係性そのものだと捉えています」(船木さん)

MOMOTARO JEANSを象徴するのが、「特濃-TOKUNO BLUE」と呼ばれる漆黒に近い深い藍色のデニムである。あえて洗い加工をほとんど施さず、濃紺の状態で顧客の手に渡す。そこから長い時間をかけて穿き込むことで、色落ちやしわ、風合いが一人ひとりの暮らしを映すように変化していく。
完成された表情を買うのではない。持ち主自身が日々の中で育てていくことで、世界に一つだけのジーンズへと変わっていく。MOMOTARO JEANSが届けようとしているのは、プロダクトそのものだけではない。時間とともに深まる、持ち主との関係でもある。
「我々はジーンズを『美しい道具』として表現しています。日常の生活にしっかり馴染み、ある意味、相棒のように寄り添う存在として捉えることを、お客様に伝えてきました」(船木さん)
この「育てるデニム」という思想は、ブランド立ち上げ当初から根底にあったものだ。今回のリブランディングでは、その思想を現代の文脈に合わせて磨き直し、顧客体験の中心に置いた。
船木さんがブランドを見直すうえで大切にしたのは、表現の新しさそのものではなく、「ブランドの価値と接続しているかどうか」だった。象徴的なのが、従来10年としていた修理保証を永年保証へと改めたことだ。長く穿き続けてもらうことを掲げるなら、ブランドもまた、その時間に向き合い続けなければならない。保証制度だけでなく、顧客との接点を支えるシステムも見直し、購入後も関係が続いていく体験を設計し直した。そうした一つひとつの判断が、MOMOTARO JEANSの顧客体験の土台になっている。

製品を買う瞬間が価値の頂点になるのではない。穿き続けるほどに愛着が増し、修理を重ねながら長く付き合っていく。その時間の積み重ねこそが、MOMOTARO JEANSにとってのラグジュアリーである。
ブランドを再定義する過程で、MOMOTARO JEANSは自らの立ち位置を「APPAREL TO CRAFTS」という言葉で示した。アパレルからクラフトへ。一過性のトレンドを追うファッションブランドではなく、道具に美しさを見出す日本の「民藝=用の美」の精神に通じるブランドへと転換していく意思である。
アメリカンヴィンテージのワークウェアとして発展してきたジーンズを、日本のクラフトマンシップと接続する。そこから見えてきたのが、「無骨」なデニムを「品格」を備えたデニムメゾンへと進化させる方向性だった。

その具体策として、パンツの腰回り内側にスラックスのようなマーベルトを採用し、見えない部分にも品格を持たせた。さらに、シルクやカシミヤといった高級素材をデニムと融合させた素材開発にも取り組み、従来のデニムのイメージを広げていった。

ただし、ブランドの見え方を大きく変えることは簡単ではない。MOMOTARO JEANSには、長年ブランドを支えてきたファンがいる。社内にも、それぞれが大切にしてきたMOMOTARO JEANSらしさがある。だからこそ、何を守り、何を変えるのかを慎重に見極める必要があった。
「リブランディングを進める中で、一番難しかったのは、お客様にとって、そしてブランドの根底にある大切なものは何かを見極めることでした」(船木さん)
今回のリブランディングは、あえてブランドの根幹にかかわっているMDなど一部の主要メンバーを中心に進められた。ブランドの価値をどう捉え直すのか。商品、ビジュアル、店舗、顧客体験をどのように変えていくのか。限られたメンバーで議論を重ね、コンセプトやアウトプットを磨き込んでいった。
議論を重ねた末に導き出した方向性とイメージビジュアルを携え、現場に共有した。しかし、そこで返ってきたのは想定外の反応だった。
「現場からは『全然違うね』という正直な感想をもらいました。あえて一部のメンバーに絞って議論をしていたことにより、現場メンバーが置き去りになってしまいアウトプットされたものがこれまでのMOMOTARO JEANSとは大きく違うように見えたのだと思います」(船木さん)

船木さんたちは、その違和感を否定するのではなく、丁寧に説明を重ねていった。なぜこの表現にするのか。どこを変え、どこを変えないのか。職人の技術や児島という地域への敬意は、決して手放していない。そのことを、約1年かけて社内に伝えていったという。
「社内への説明はやはり大変でした。新しい表現だけを見ると、これまでのMOMOTARO JEANSと違うように感じられてしまう。でも、根底にある職人や地域への思いは変わっていない。そのことを、時間をかけて理解してもらいました」(船木さん)
変えたのは、顧客に伝える言葉やビジュアル、店舗での見せ方だった。一方で、職人の技術や児島という地域への敬意は、これまでと変わらずMOMOTARO JEANSの中心にある。船木さんたちは、そのことを社内に丁寧に説明しながら、新しいブランドの方向性を共有していった。
「ブランディングは、経営にとって『何をするか、何をしないか』を決める指針にもなると思っています。MOMOTARO JEANSの場合も、商品や顧客体験、店舗づくりときちんと接続できていると感じています」(船木さん)

MOMOTARO JEANSの根幹を支えているのは、児島の職人たちの手仕事である。リブランディングの過程で、最後まで変えてはならないものとして残ったのも、職人性と地域性だった。なかでもブランドの象徴である「特濃-TOKUNO BLUE」は、単なる色名ではない。職人の探求と誠実さを映し、顧客とともに育っていくMOMOTARO JEANSの約束である。

この深い藍色は、効率だけを追い求めても生まれない。染色職人の岡本好春さんは、24年にわたり藍染と向き合ってきた。岡本さんの仕事は、決められた工程を機械的に繰り返すことではない。日々変化する藍染液の状態を見極め、その日の空気や温度、発酵の具合を感じ取りながら、デニムの経糸と向き合うことから始まる。
「藍染液は生きているんですよ。毎日発酵した状態を管理しないと死んでしまうんです。人間と同じで、毎日かき混ぜて管理しないと使い物にならないんです」(岡本さん)
もともと白い経糸は、藍染液に浸して空気に触れさせることで発色する。実は、藍染液そのものが青いわけではない。経糸を藍染液に浸し、空気にさらす。その工程を何度も何度も繰り返すことで、糸は少しずつ色を深め、やがて吸い込まれるような濃紺へと変わっていく。気温や湿度、その日の液の状態によって、染まり方は変わる。だからこそ、マニュアルだけではたどり着けない感覚が必要になる。

岡本さんが向き合っているのは、単に「濃い色」を出すことではない。MOMOTARO JEANSが掲げる「特濃-TOKUNO BLUE」は、赤みを抑え、深く、澄んだ青を目指す色である。そこには、見た目のインパクトだけではなく、穿き込むほどに美しく変化していく余白まで含まれている。
「手作業だからこそ、極端な話、一本一本いろんな差が出てくる。それが手作りの良さですよね。この特濃という色は、赤みを出さずにきれいな青の濃い色を出すのが本当に難しいんです」(岡本さん)

大量生産のものづくりでは、均一であることが品質とされることも多い。しかし、MOMOTARO JEANSにおける品質は、それだけでは語りきれない。藍の状態を見極め、職人が五感を使って染め上げる。そのわずかな揺らぎや奥行きまで含めて、「特濃-TOKUNO BLUE」の表情になっていく。
岡本さんの仕事は、ブランドの根幹にある「育てる」という思想とも重なっている。染めた瞬間に完成する色ではなく、穿き込まれ、洗われ、持ち主の暮らしの中で変化していく色。職人が生み出した深い藍色は、顧客の時間を受け止めながら、一本ごとに異なる表情へと育っていく。
だからこそ、「特濃-TOKUNO BLUE」は単なるプロダクトの特徴ではない。MOMOTARO JEANSが顧客に届ける「長く付き合う価値」の起点であり、職人の手仕事と顧客の時間をつなぐ色である。ブランドが約束しているのは、買った瞬間の完成度だけではない。持ち主ともに変わり続ける余白まで含めた、一本のデニムとの関係なのだ。

MOMOTARO JEANSの品格を形づくるのは、染色だけではない。糸を織り、生地に表情を与え、一本のジーンズへと仕上げる。そのすべての工程に、職人たちの判断と手仕事が息づいている。
リブランディングによって、MOMOTARO JEANSは「無骨」なヴィンテージ・レプリカの世界から、「品格」を備えたデニムメゾンへと見え方を更新しようとしている。しかし、その品格は、表層的なデザインだけで生まれるものではない。素材の風合い、縫い目の美しさ、穿き込んだときの変化まで含めて、職人の手がブランドの価値を支えている。
手織職人の池田一貴さんは、1日にわずか数メートルしか織ることができない手織り機と向き合っている。

手織りの魅力は、機械では出しにくい柔らかさや凹凸感にある。しかし池田さんが難しさとして語ったのは、単に“手で織ること”ではなく、手仕事でありながら品質を安定させることだった。
「手で織る以上、どうしても一枚一枚に違いが出ます。その中で、同じ品質に近づけるように、糸の張りや力加減を整えていく。手仕事の良さを残しながら、正確さを保つことが難しいです」(池田さん)
糸の張りや力の入れ方、織り進めるリズムにはわずかな違いが生まれる。だからこそ、池田さんは一つひとつの動作を感覚だけに任せず、目の前の糸と生地の状態を見ながら調整していく。その一枚一枚の生地に宿る柔らかな揺らぎが、穿く人の時間を受け止め、MOMOTARO JEANSらしい表情へと育っていく。
一方、機械織り職人の内田茂さんが向き合っているのは、豊田自動織機製のG型自動織機「GL9」である。現在ではメーカーによるメンテナンス対応も難しい旧式の力織機だが、MOMOTARO JEANSが目指す風合いのあるデニム生地を織り上げるには欠かせない存在でもある。

内田さんは、繊維の仕事に半世紀以上携わってきた。時代とともに機械は高性能化し、生産効率も大きく変わってきた。それでも、良いジーンズをつくるうえで、古い力織機にしか出せない風合いがある。内田さんは、その機械を日々自らの手で整備しながら、丈夫で独特の表情を持つ生地を織り続けている。
旧式の力織機は、最新設備のようにすべてを自動で制御してくれるわけではない。糸の張り、機械の癖、わずかな振動や音の変化を読み取りながら、微細な調整を重ねる必要がある。長く繊維の現場に向き合ってきた内田さんにとって、機械の音は、状態を知るための重要な手がかりだ。
「力織機は大きな音を立てて動いていますが、長く向き合っていると、いつものリズムと違ったり、いつも聞いているのとは違う音が混ざる瞬間が分かるんです。少しの違和感を見逃さず、機械の状態を整えながら、誰に出しても恥ずかしくないものをつくりたい。その思いで日々取り組んでいます」(内田さん)

その言葉から伝わってくるのは、機械を扱う技術だけではない。長年、繊維の現場で積み重ねてきた経験と、良いものをつくることへの変わらない思いである。古い機械を使い続けることは、単なる懐古ではない。GL9だからこそ生み出せる風合いを、現代の品質として安定させること。その難しさに向き合う内田さんの感覚と経験が、MOMOTARO JEANSの生地の奥行きを支えている。
そして、完成に至る最後の工程を担うのが、デニム縫製職人の武林直美さんである。染められ、織り上げられた生地を、一本のジーンズとして顧客の手元へ届ける。その最終工程には、ブランドの品質を引き受ける責任がある。

厚みのあるデニム生地を、特別に調整されたミシンで正確に縫い上げる。縫製のわずかなずれや仕上がりの美しさは、顧客が手に取ったときの印象に直結する。だからこそ武林さんは、作業の先にいる顧客の姿を意識しながら、一つひとつの工程に向き合っている。
「お客様に手に取っていただいたときに、『きれいに縫ってあるな』と思ってもらえるのが嬉しいですね。永久保証で修理品が戻ってくると、お客様の体型や穿き方によって、こんなふうに色落ちしていくんだなと実感できます。大事に穿いていただいていることが分かるのも嬉しいです」(武林さん)

この言葉には、MOMOTARO JEANSが掲げる「育てるデニム」の思想がよく表れている。ジーンズは、出荷された瞬間に作り手の手を離れて終わるものではない。顧客の日常の中で穿き込まれ、色落ちし、修理のために再び戻ってくる。その姿を見たとき、職人は自分たちの仕事が誰かの暮らしの中で生きていることを知る。
武林さんにとって縫製は、単にパーツを縫い合わせる作業ではない。顧客が長く穿き続ける一本の最終品質を整える仕事であり、MOMOTARO JEANSの約束を最後に形にする工程でもある。職人の手で仕上げられた一本が、顧客の時間を受け止め、修理を重ねながらさらに育っていく。その循環こそが、ブランドの価値を支えている。
職人たちの言葉から見えてくるのは、昔ながらの製法を守ることだけではない。手織りの揺らぎ、旧式織機の音を聞き分ける経験、顧客の穿き方まで想像する縫製。それぞれの工程にある判断の積み重ねが、MOMOTARO JEANSの品格を形づくっている。
ブランドは、広告やロゴだけでつくられるものではない。顧客が手に取り、穿き込み、修理しながら長く付き合っていく一本の中に宿る。その一本を支えているのが、児島の現場で日々手を動かす職人たちである。
MOMOTARO JEANSにとって職人性は、過去の技術を懐かしむためのものではない。いまの顧客に価値を届けるための、確かな基盤である。彼らの手仕事があるからこそ、「育てるデニム」という言葉は単なるコピーではなく、顧客が実感できる価値になる。
MOMOTARO JEANSは、ジーンズを一過性の消費財ではなく、10年、20年と持ち主とともに時を重ねる存在として捉え直してきた。だからこそ、購入後の顧客との関係も見直した。保証制度の見直しに加え、顧客プログラムもポイント還元中心の仕組みから、四季折々のブランドからの贈り物など、愛着を深める体験型へと改めた。購入前後を分断せず、長く続く関係を設計していくことが、ブランドの価値を高めていく。
世界観を伝える場づくりも進んでいる。なかでも京都の店舗は、今回のリブランディングを象徴する拠点の一つだ。設計を手掛けたのは、「京都市京セラ美術館」などの公共建築から、国内外の商業建築まで幅広く手掛けてきたAS(青木淳と品川雅俊によるユニット)である。京町家の美しさを引き継ぎ、古い素材を活かしながら新たな素材を丁寧に重ね合わせた空間は、MOMOTARO JEANSがこれまで築いてきた価値を次代へ発信していく姿勢を体現している。

京都という土地柄も大きい。国内外の人々が日本の文化や美意識に触れるために訪れるこの場所では、店舗建築を目的に足を運び、そこで初めてMOMOTARO JEANSを知る人もいるという。児島で培われた職人技やデニム文化を、京都という文化的な文脈の中で体感してもらうことは、「アパレルからクラフトへ」という思想を空間として示す意味を持つ。
こうした店舗体験は、東京やパリなどへも広がっている。店舗は単なる販売チャネルではなく、MOMOTARO JEANSの世界観を顧客が理解する接点であり、スタッフの接客や提案そのものがブランド体験になっている。
こうした取り組みは、事業面にも変化をもたらしている。船木さんによれば、リブランディング後の売上は2倍以上となり、Instagramのフォロワー数も12万人から31万人へと増加したという。
「我々が苦しみながらも価値を削り取ってアウトプットしたところが、一定の評価をいただいているのかなと感じています」(船木さん)
外部からの評価という意味では、インターブランドジャパン主催の「Japan Branding Awards 2025(JBA2025)」で「RISING STARS」を受賞したことも大きな節目となった。評価されたのは、見た目の刷新だけではない。デニムを長く育てる体験へと変え、職人、地域、顧客をつなぐブランドのあり方そのものだった。
Japan Branding Awards 2025(JBA2025)授賞式当日の様子
船木さんは、今回の受賞について、リブランディングに関わったメンバーだけでなく、日々ものづくりを支えている職人や店舗スタッフの積み重ねが評価されたことに意味があると受け止めている。
「率直にうれしかったです。自分たちが打ち出した表現だけではなく、職人や店舗スタッフが日々積み重ねてきたことも含めて評価していただけたことに、大きな意味があると感じています。リブランディングは簡単なことばかりではありませんでしたが、進めてきた方向性が間違っていなかったと感じられる機会にもなりました」(船木さん)

その評価は、ゴールではない。MOMOTARO JEANSが目指しているのは、一本のジーンズを販売することにとどまらない。児島の職人技と、デニムを長く育てる文化を、世界と次の世代へ届けていくことにある。
「本物のデニムの価値を世界と未来に届けるというのが、ミッションとしてあります。デニム文化と児島の土地から生まれた技術、それを愛する人の情熱を次の100年先へ届ける責任が、私たちにはあると捉えています」(船木さん)

消費されるアパレルから、時間とともに育つ文化へ。ブランドは商品の見え方を変えるだけではない。顧客との関係を育て、地域の未来や職人の誇りにも関わっていく。そのことを、MOMOTARO JEANSのリブランディングは示している。