
現実世界に物語への入口をつくり、参加者自身がその当事者となるARG(Alternate Reality Game/代替現実ゲーム)。本連載ではこれまで、ARGの基本的な特徴や国内外での広がり、人を自ら動かす体験設計、企業コミュニケーションへの活用について紹介してきた。最終回では、生成AIが参加者と物語との関係や制作環境をどう変えつつあるのかを取り上げる。同時に、現実とフィクションが交わるARGにおいて、その境界をどう設計するのかを考える。(文=JMP総合プロデューサー長谷川浩和)
▼「挑戦」を生むトレンドニュースを毎日掲載!
挑戦者のためのビジネスメディア『JapanStep』
お話を聞いたのは…

環境ミステリーレーベル MARGINE
合同会社 未来アクセラレート 代表 吉野 渉さん
地域とARGの連携を掲げ、ARGの企画・制作に取り組む。『Project:;COLD』との出会いをきっかけにARGに魅了され、自らもARG制作に乗り出す。現在は

ARGウォッチャー・謎解き制作者
リー猫さん
MARGINE全作品の謎解きを手がける。自ら作るだけでなく、noteやXで国内ARG作品のレビューや定期的な動向分析を発信し続けている。「ARGコンテスト2026」(虚構界隈主催)特別審査員。
生成AIの導入によって、参加者と物語とのやり取りも変わり始めている。MARGINEではすでに、一部のやり取りにAIによる応答を取り入れているという。
「MARGINEでは、すでに一部の応答にAIを使っています。あらかじめ決められた回答ではなく、プレイヤーの働きかけに応じた反応を返せるため、物語をより“自分ごと”として感じてもらいやすい。生成AIは、そうしたARGの体験を深める使い方ができると感じています」(吉野さん)
これまでのARGでは、作り手が用意した文章や映像、Webサイトなどを参加者が探し、読み解きながら物語を進める作品が多かった。生成AIを組み込めば、問いかけ方に応じて返答を変えるなど、参加者ごとに異なるやり取りも設計できる。
ARGにとって意味があるのは、AIと会話できること自体ではなく、自分の働きかけに物語から応答が返ってくることだ。従来の「物語を追う」体験に、プレイヤーから物語へ働きかける要素を加えることができる。
プレイヤーへの応答に加え、生成AIは制作の現場でも使われ始めている。複数のWebサイトやSNS、画像、システムなどを組み合わせるARGでは、発想があっても、それを形にする技術が壁になることがある。吉野さん自身、生成AIによって手掛けられる範囲が広がったという。
「Webサイトの制作経験はありましたが、プログラミングを専門にしてきたわけではありません。生成AIを使うようになり、今ではシステムまで含めて自分で試せる範囲が広がりました。アイデアを思いついてから形にするまでの距離が、以前よりかなり短くなったと感じています」(吉野さん)
生成AIによって、これまで技術的な理由で実現が難しかったアイデアを、まず自分で試せる場面も増えている。
生成AIを制作に取り入れる際には、作品のどこで使うのかを見極める必要がある。リー猫さんは、実際には撮影しにくいビジュアルの制作を一例に挙げる。
「ARGでは、架空の事件や事故など、実際には撮影しにくい場面を扱うことがあります。そうしたビジュアルをつくるうえで、生成AIは有効だと思います。ただ、AIによる表現そのものに抵抗を感じる方もいます。生成AIを前面に出しすぎず、作品の中でどこに、どの程度使うのか。そのバランスは見極める必要があると思っています」(リー猫さん)
ARGでは、手掛かり一つにも「なぜ、それがそこにあるのか」という必然性が求められる。生成AIについても同様である。登場人物との会話に使うのか、ビジュアルの制作に使うのか、あるいは表には出さず制作工程を支えるために使うのか。技術そのものではなく、その技術が体験の中でどのような役割を担うのかまで設計する必要がある。
生成AIを前面に出すことで、作品そのものより技術に注意が向く場合もある。生成AIによる表現への受け止め方も一様ではない。作品の世界観や想定する参加者によって、その使いどころは変わってくる。
「何に使うか」だけではなく、「どこでは使わないか」も制作上の判断になる。生成AIありきではなく、参加者に届けたい体験を起点に、AIを使う場所を考える。
ARGは、WebサイトやSNS、実在する場所など、私たちが日常的に接する環境にフィクションを織り込む表現である。生成AIによって現実らしい画像や文章を制作しやすくなった今、作品と現実社会との境界をどこに置くかは、より慎重に考える必要がある。
現実らしさはARGの体験を支える要素の一つだが、その演出によって作品に参加していない人を巻き込むことは避けなければならない。実在する施設や組織を扱う場合も同様である。リー猫さんがまず挙げるのは、作品に参加していない第三者への配慮である。
「ARGでまず守るべきなのは、プレイヤー以外の方に迷惑をかけないことだと思います。実在する施設や第三者を無断で物語に巻き込めば、作品とは関係のない方にまで影響が及びます。現実世界を使う以上、そこは越えてはいけない線だと思っています」(リー猫さん)
加えて、リー猫さんは、必要なときにフィクションであることを確認できるようにしておくべきだと話す。
「第四境界では、作品用のWebサイトにも、フィクションであることが分かる表記を入れています。多少現実感を損なう面はあっても、それによって作品を楽しめなくなるわけではありません。企業・個人を問わず、ARGを制作するなら、フィクションであることを確認できる手段は用意しておくべきだと思います」(リー猫さん)
第2回で紹介した第四境界の作品では、ARGであると理解したうえで購入しても、物語への没入は成立している。
少なくとも第四境界の事例を見る限り、フィクションであることを確認できる仕組みそのものが、没入を妨げるわけではない。吉野さんも、現実を舞台にする以上、最初に守るべき前提があると話す。
「リー猫さんがおっしゃった通り、ARGは現実世界とつながる表現ですから、プレイヤー以外の方に迷惑をかけたり、不快な思いをさせたりしない。それが大前提です」(吉野さん)
生成AIによって現実らしい表現をつくりやすくなった今、作り手には「どこまで現実へ踏み込むか」という判断が問われる。没入感を高めることと、現実社会との境界を曖昧にすることは同義ではない。どこに線を引くのかまでが、ARGの設計である。
どこに線を引くかまでが「ARG設計」
最後に、これからARGに触れる人へ向けた言葉を二人に聞いた。
「まずはARGを一つ体験してみてほしいですね。説明だけでは伝わりにくい部分も、実際に遊んでみれば実感できると思います」(吉野さん)
リー猫さんは、体験するだけでなく、その先にある「つくる」という楽しみ方にも目を向けてほしいと話す。
「吉野さんと同じで、まずは遊んでみてほしいです。そこで面白いと感じたら、今度はぜひつくる側にも挑戦してほしい。ARGは、必ずしも大掛かりなものから始める必要はありません。新しいつくり手が加わることで、これまでとは違う作品が生まれてくるのも面白いと思います」(リー猫さん)
ARGを体験した人が、次はつくる側に立つ。生成AIは、アイデアを形にする際の技術面を補う手段の一つにもなり得る。表現や制作の手段が増えても、参加者がなぜ物語に関わりたくなるのか、現実との境界をどこに置くのかを決めるのは、つくり手である。参加者自身が「この先を知りたい」と感じ、自ら情報を探し、行動し始める。その体験をどうつくるかが、ARGの中心にある。
本連載を企画したきっかけは、吉野さんがJapanStepで執筆されている『「ARG」が紡ぐ、新たなPRのカタチ』への反響でした。個別の活用事例だけでなく、ARGとは何か、なぜ人が自ら動くのか、企業が活用する際に何を考えるべきなのか。ARGをビジネスに生かすための基礎から、読者の皆さまに届けたいと考えたからです。
取材を通じて、私がARGに最も強く惹かれたのは、「情報をどう伝えるか」に加えて、その情報を「なぜ知りたくなるのか」まで設計できる点でした。受け手が自ら調べ、情報を読み、ときには現実の場所へ足を運ぶ。そうした行動を促す「理由」まで物語の中に組み込める。PRや採用、地域活性化にARGを生かす意味の一つは、そこにあると感じました。
お二人の話を聞くなかで、実際に企業や地域が抱える課題に、ARGをどう生かせるのかまで考えてみたいと思うようになりました。私がJMPを通じて実現したいのは、挑戦を記事にして届けることだけではありません。記事をきっかけに人や企業がつながり、それぞれの知見を持ち寄ることで、次の挑戦が始まる。そこまでメディアとして関わっていきたいと考えています。今回、その一つの実践として、吉野さん、リー猫さんとも連携し、PR・採用・地域活性化などでARGの活用を検討する企業・自治体に向け、ARGの企画・制作を支援するプロジェクトをJMPで立ち上げます。
ARGの活用に関心はあるものの、具体的な企画までは見えていないというご相談も歓迎します。自社の商品や理念をもっと深く知ってもらいたい、採用候補者に企業の考え方を伝えたい、地域に足を運ぶきっかけをつくりたい――そんな思いがあれば、JMPとして企画から一緒に考えていければと思います。ご関心のある企業・自治体のご担当者さまは、ぜひJapanStepのお問い合わせフォームからお声がけください。
▼「挑戦」を生むトレンドニュースを毎日掲載!
挑戦者のためのビジネスメディア『JapanStep』
『ARGガイド2024 ~過去の名作から『Project:;COLD』まで~』(エレメンツ工房、2024年)